2018-02-16

2018/02/10ギーター第2章勉強会⑩

ナマステー♪

千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰やのちさとです^^

अविनाशि 2/1 तु 0 तद् 2/1 विद्धि II/1 येन 3/1 सर्वम् 1/1 इदम् 1/1 ततम् 1/1 ।

विनाशम् 2/1 अव्ययस्य 6/1 अस्य 6/1 न 0 कश्चित् 0 कर्तुम् 0 अर्हति III/1॥२.१७॥

それにより全世界が満たされ、壊されたりもしない

変化しないものの破壊は、如何なる人でも引き起こせないことを知りなさい

 

この世界は破壊の対象なので、サトではなくアサトです。

この詩でサトとミッテャー(アサト)が明らかにされます。

サトはアサト以外のもの。

アサトはサト以外のものではありません。

空間を含む全世界、全てにいきわたるものがヴィシュヌ、そしてそれがサトです。

サトなしにアサトはないので、アサトのバーヴァ(存在)はサトのバーヴァに他なりません。

土でできたポットの存在は、もともと土の存在にあります。

そのバーヴァはポットではなく土に属しています。

「ポットがある」と言う時、この「ある」がサトです。

サトがなければ、アサトは存在しません。

シャンカラ先生はこの詩についての最後の解説で、

「誰も、例えイーシュヴァラですら、このアートマーを滅ぼすことはできない」と言っています。

神を見下げようとしているのではなく、イーシュヴァラがアートマーなので、

そのイーシュヴァラが、サッチダーナンダ・アートマーを滅ぼすことが出来ないということを単に指摘しています。

「行為する人」と「その対象」の関係(カルトゥル・カルマ・サンバンダ)は、devotee(帰依者)と神の間にはあります。

神は、条件付けされた個人devotee(帰依者)に様々な結果を還します。

しかし、その神、イーシュヴァラはサッチダーナンダ・アートマーを滅ぼすことはできません。

それは、2つは同じもので、「行為する人」と「その対象」の関係(カルトゥル・カルマ・サンバンダ)がないのです。

私たちはナイフで、自分自身を破壊することができます。

アートマーが部分を持っていたら、そのような破壊は起こり得ますが、アートマーは部分を持っていません。

アートマーは全体。

それはアッヴャヤ・変化しないもの、破壊できないものです。

次回の勉強会は、2月24日(土)11:20~12:50です。

最後までありがとうございました!

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