2018-03-03

2018/03/03ギーター第2章勉強会⑫

ナマステー♪

千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰やのちさとです^^

 

अन्तवन्तः 1/3 इमे 1/3 देहाः 1/3 नित्यस्य 6/1 उक्ताः 1/3 शरीरिणः 6/1 

अनाशिनः 6/1 अप्रमेयस्य 6/1 तस्मात् 5/1 युध्यस्व II/1 भारत 8/1॥२.१८॥

永遠不滅で プラマーナでは知られることはない
体を支える人(意識)にとって その支える体は終わりあるものである
故にバラタの子孫よ 戦え!(2-18)

アートマーは「知識の対象」としては捉えられない。

しかし「皆に知られていないものではない」とシャンカラ先生は言います。

それは、いつもそれ自身で明らかです。「स्वतःसिद्ध svataḥ-siddha」

「私は存在する。I am.」という知識はいつもで明らで、すでに自己証明されています。

私は既にアートマーを知っているのなら、どうしてヴェーダーンタがプラマーナになり得るのでしょうか?

それは、私についての間違った観念を取り除くので、プラマーナの地位を持つのです。

アートマーの上に重ねられた全ての投影を取り除くことに関してのみ、プラマーナットヴァを持ちます。

知識は、無知を取り除くことに他ならなく、無知の上に投影されたものでありえません。

無知を取り除くことだけが必要なのです。ヴェーダーンタシャーストラがそれを取り除くことができます。

この詩の中でクリシュナは全ての肉体は滅びるものではあるが、肉体に宿るものであるアートマーはアップラメーヤである。

捉えられる対象物・客体ではなくて、捉えるもの主体なので、滅びるものではないと言っています。

そして、
最後にクリシュナは「ですからアルジュナよ、戦え!」と言って締めくくりますが、これはアルジュナに戦いなさいと命令したのではないとシャンカラ先生は言っています。

クリシュナは戦いに従事することをすすめたのではなく、

もちろん懇願でもなく、

アルジュナの障害(プラティバンダ)である、「悲しみ」と「妄想」を取り除くことをしたのです。

クリシュナは、ただただダルマでした。

「子供を育てるのは、大変なので私は子供を育てるのをやめて、私自身の探求をしたいのです」

と、もし誰かが言うなら「子供の世話をしなさい」とクリシュナは言うでしょう。

たまたま戦場にいたアルジュナに「するべきことを、しなさい」とクリシュナは言ったのでした。

ギーターの中にはこの場面のように、意図するところの意味を人々が勘違いしてしまうので、しっかり理解することが大切な場面がいくつかあります。

来週、3月10日(土)11:20~12:50の勉強会は19番目の詩を読み進めていきます。

最後までありがとうございました。

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