2018-04-30

2018/04/28ギーター第2章勉強会⑮

ナマステー♪

千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰やのちさとです^^

वेद III/1 अविनाशिनम् 2/1 नित्यम् 2/1 यः 1/1 एनम् 2/1 अजम् 2/1 अव्ययम् 2/1 ।

कथम् 0 सः 1/1 पुरुषः 1/1 पार्थ 8/1 कम् 2/1 घातयति III/1 हन्ति III/1 कम् 2/1 ॥२.२१॥

プルターの息子よ。これ(自分自身)を不滅で、時間に捕らわれず、生まれないもの、そして老いないものと知っている人が、どのように、誰を殺しますか?また、殺すことを強いるのですか?[21]

20番目の詩までで、アートマーはアカルター(行いをする人ではない)で、アカルマ(行いの対象とならない)ということを見てきました。

すると、「アートマーはマフィアのボスのように、行いを強いるのではないか?」と、疑問が湧くかもしれませんが、アートマーは望むことすらしないので、殺しもしないし、他の誰かに殺させたりもしません。

アートマーは、全ての願望のスヴァルーパ(本質)です。

願望は名前と形、考えで、それらを見尽くせばそれはアートマーに辿り着きます。

あらゆる考え、欲望はミッテャーで、行いをするという観念もまた、ミッテャーです。

願望も、行いをする観念もアートマーですが、アートマーは願望、行いをする観念ではありません。

「私は行いをする人である」という観念を持っていない人をサルヴ・ァカルマ・サンニャーシーと言います。

全ての行為を放棄する人ではないことを、前回見てきました。

サルヴァ・カルマ・サンニャーシーがあらゆる行いをしても、彼らの中で起こっていることと言えば、考えに支えられた感覚器官が、それぞれの活動分野にただ従事しているだけで、自身をカルター(行い手)だとして見てはいません。

あらゆる変化から自由であるアートマーにとって、カルトゥルットヴァ(私は行いをする人であるという観念)はありません。

次回も引き続き21番目の詩の解説を読み進めていきます。

5月5日(土)11:20~12:50です。

最後までありがとうございました!

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