2018-08-08

2018/08/04ギーター第2章勉強会㉒

ナマステー。
千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰やのちさとです^^

8/4の勉強会では、ギーター第2章28番目の詩を読み進めていきました。

अव्यक्तादीनि 1/3 भूतानि 1/3 व्यक्तमध्यानि 1/3 भारत 8/1 ।
अव्यक्तनिधनानि 1/3 एव 0 तत्र 0 का 1/1 परिदेवना 1/1 ॥२.२८॥

全ての存在するものは、はじめ現れておらず、途中で現れ、最後に(再び)現れていない。
実際何を悲しむ事があるのだろうか、バーラタよ![28]

~以下、プージャースワミジ解説のまとめ~

元素を含む、全ての生き物のはじまりは知られていません。

それらは知覚出来ませんし、以前それらが何であったのか、又死後それらに何が起こるのかを私達は知りません。

恐らく私達が死後の事を知らないのは、現世を集中して生きられるよう、様々な問題を避ける為でしょう。

私達は誕生と死の間の事だけを知っています。

それは一瞬の輝き、閃光のようです。

暗闇、アッヴャクタから現れ、照らされた部分、ヴャクタを通り過ぎ、再び瞬間、アッヴャクタの中に消えて行きます。

また、人生は誕生と死の間を旅する、動いている弓矢の様でもあります。

それは何かよろめく様なものですらありません。ただ通り過ぎ、いつも動いています。

この動いている矢に悲しむ事がありません。

いつも永遠であるものは、いつもそこにあり、その間に何らかの人生ミッテャーがあります。

問題と言うのは、悲しむべきこと事が何かあるということです。

もしいつもそこにある何かがあり、それが問題を持っているとしたら、それは悲しむ事が出来る事でしょう。

けれども「ある」は、悲しみの対象ではありません。

それはリアリティ、真実、サッテャで、限りのないアーナンダです。

ですから全く悲しみの対象ではありません。

他の何かがあるかもしれなくても、それもまた悲しむ価値はありません。

人はただ、自分自身についての無知ゆえに嘆き悲しみ続けます。

そして、自分自身を知る為の道具がないので、この無知は残ります。

あなたはある特定の大きさで限られた力を持つ人ですので、微生物やその他の圧倒的に力強いものに対して、あなたは無力であるという事を知ります。

あなたがいつも思い知るのは、これらの力には従わなければならないという事です。

この様に全ての事が「私はちっぽけだ」という観念を確かにします。

そして「私」についての、この結論が問題なのです。

~シャンカラの解説の重要性~

私達は、教えの伝統の中に保たれてきたシャンカラ先生の解説を通し、原典の地位を持つギーターを勉強するべきです。

・バーシャカーラ➔ 10のウパニシャドとギーターのバーシャ(解説)を書いたシャンカラ先生のこと

・ティーカカーラ➔ 主に全てのシャンカラの解説に対するティーカー(注釈)を書いたアーナンダギリを指す

・ヴァールティカーラ➔ ヴァールティカはバーシャを超えて説明したり、またバーシャの説明に単なる解説を加えたりする。シャンカラ先生の4人の弟子の最年長者であるスレーシュヴァラがヴァールティカーラと言われる

・マハーバーシャカーラ➔パーニニのスートラの解説を書いたパタンジャリ

次回の勉強会は、8月18日(土)11:20~12:50 29番目の詩から読み進めていきましょう。
最後までありがとうございました。

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