2017-11-07

【ギーター】第2章10~11番目の詩

2017/11/04

तमुवाच हृषीकेशः प्रहसन्निव भारत ।

tam uvāca hṛṣīkeśaḥ prahasan iva bhārata |

सेनयोरुभयोर्मध्ये विषीदन्तमिदं वचः ॥२.१०॥

senayor ubhayor madhye viṣīdantam idaṃ vacaḥ ||2.10||

サンジャヤ言う

バーラタ一族の子孫である王(ドゥリタラーシュトラ)よ

両軍の間で悲しみに沈む

彼(アルジュナ)に向かってクリシュナは

まるで笑うかのように語りました

クリシュナは理由はどうであれ

微笑んでいました。

教えようとしている知識は

不愉快な知識ではなく

「何が何たるか」ですから

ずっと微笑みと笑いがありました。

馬車を静かな所へ動かすわけでもなく

戦場の真っ只中に置いたままでした。

この学びに特別な時間や場所は

必要ありません。

誰が学んでいるのか?

そして、誰が教えているのか?

そこが重要です。

アルジュナの様に、教えを聞く為の平静さ

クリシュナの様に、戦場の騒音の中でも

話せるという平静さが必要なのです。

श्रीभगवानुवाच

śrībhagavān uvāca

अशोच्यानन्वशोचस्त्वं प्रज्ञावादांश्च भाषसे ।

aśocyān anvaśocas tvaṃ prajñāvādān ca bhāṣase |

गतासूनगतासूंश्च नानुशोचन्ति पण्डिताः ॥२.११॥

gatāsūn agatāsūn ca na anuśocanti paṇḍitāḥ ||2.11||

バガヴァーン言う

あなたは博識なことを話しているが 

悲しむべきでないことを嘆いている

知識を得た者は、生きている者にも

息を引き取った人のためにも悲しまない

ギーターは、悲しみ[ショーカ]を

取り除くシャーストラです。

悲しみとは、あらゆる不平不満を意味し

落ち着きのなさも悲しみです。

自分の中心にある悲しみは

純粋に無知な子供達です。

多くの人は、逃避したりして

安心を探したりしますが

アルジュナは、きっぱりと永遠に

悲しみを解決したかったのです。

「アルジュナ、あなたは不必要に悲しんでいる」

と、クリシュナは言いました。

私たちも肩ごしに

クリシュナに話しかけられています。

知識を持つ人[パンディタ]は

どんな悲しみにも嘆かないと

アルジュナに言いました。

悲しみを引き起こす2つの原因が考えられます。

私の本質[アートマー]

私以外のもの[アナートマー]です。

悲しみの原因は、アートマーか?アナートマーか?

それを分析する必要があります。

パンディタは、アートマーとアナートマーを

知っている人です。

私がアートマーを知れば

当然アナートマーも知ります。

アートマーでないものが、アナートマーです。

アルジュナの悲しみは

アートマーとアナートマーの違い

それを知らない為にありました。

これがギーターの主題です。

自分自身を知ることで

パンディタの様に悲しみません。

アートマーもアナートマーも

悲しみの原因ではないのです。

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