2018-09-27

2018/09/22ギーター第2章勉強会㉔

ナマステー。
千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰やのちさとです^^

9/22の勉強会では、引き続きギーター第2章29番目の詩を読み進めていきました。

आश्चर्यवत् 0 पश्यति III/1 कश्चित् 0 एनम् 2/1 आश्चर्यवत् 0 वदति III/1 तथा 0 एव 0 च 0अन्यः 1/1 ।

आश्चर्यवत् 0 च 0 एनम् 2/1 अन्यः 1/1 शृणोति III/1 श्रुत्वा 0 अपि 0 एनम् 2/1 वेद III/1न 0 च 0 एव 0 कश्चित् 0 ॥२.२९॥


ある人は自分自身を驚きと見ます。同様にある人は、それを驚きとして話します。

ある人は驚きとして聞きます。更にある人は、この自分自身について聞いた後でさえ、それを全く理解しません。[29]

~以下、プージャースワミジ解説のまとめ~

アーシュチャルヤヴァトという言葉は「まるで不思議」という意味です。

接尾語「वत्・ヴァト」が「まるで」という意味になります。

アートマーを知る人、それを直接理解する人、ヤハ アートマーナム パッシャティ、その人は不思議です。

なぜならその人は全ての過程をひっくり返さなければならなかったのですから。

私達は先ずは自身を役に立たない者として責めるので、絶えず自分自身を何とかしようと努力します。

アートマーをうまく向上させようとします。

アートマーはサムサーリー(私は生まれて、死ぬ人)だと考えます。

アートマーはとても意気消沈しているものと考えるので、それが受け入れられる為には、何らかの助けを必要とします。

これが人というもので、考え方や、追及などにおいて、踏みならされた道に従う(常識に従う)傾向にあります。

ある人は他の人よりも上手にそれに従うかもしれません。

もし誰かが何かの仕事でお金を儲けたら、他の人は別の仕事で同じお金を儲けようとするかもしれません。

まさに皆が辿る道です。

それらの人々は独創的だと言われますが、本当に独創性な人とは、探求者自身を疑問に思う人です。

「私はサムサーリーだろうか?」

自分はサムサーリーであるかどうかを問う人は、全ての過程をひっくり返します。

それはまるで山を登る水の様です。

山に登る水は本当に驚きで、注目を浴びるアーシュチャルヤです。

自分自身の探求の過程を始める事さえ、大きな出来事で、何らかの慈悲が必ず必要です。

丘の上へ水を送るのに、たくさんの馬力が必要である様に、

誰もが辿る道を辿ってきた人が、自分はサムサーリーかどうかと問う事は、沢山の馬力を必要とします。

神の力、あるいは慈悲。

そしてもし、その人が真実を発見したなら明らかにそれは驚くべき人です。

アートマーについての教えはそれは膨大過ぎるジョークのようなので、誰もそれを理解する事は簡単だと言う事が出来ません。

なのでアートマーの話を聞いてある人々は理解しない事は、少しも不思議ではありません。

では、どうして人々は理解できないのでしょうか?

それは微積分学や、ある程度の知的な準備や、鋭い洞察力を必要とするようなものではありません。

ポットの様に他の物に頼っている、土に頼っている、ものの知識ではありません。

必要な事と言えば、誰かがあなたの世界の見方を向上させると言う事です。

その為に知識を得る為の道具・プラマーナ、

先生・アーチャーリヤ、

世界観・ウパデーシャなど。

そしてあなたは事実を見るはずで、理解が起こるはずなのです。

目の前にあるものを見る事は問題ありません。

目があり、物があれば、あなたはそれを見ます。

同様に教えが利用できて、アートマーもあるなら知識はおこるものなのです。

あなたが知識を得る為にどんな障害もないはずです。

けれども、それでも理解が起こらないかもしれません。

そして理解しないことが、この詩の中で不思議として描写されています。

クリシュナはアルジュナに「悲しみの理由などない」と言って教えをはじめました。

もし、自分は悲しいというアルジュナに「いいえ、あなたはアーナンダです」と言ったのであれば、

その発言は真実ですが、これではアルジュナに話す余地を与えません。

悲しみは何の根拠も持っていないと言う事は証明を必要とします。

クリシュナは、彼が言ったことが事実であることを証明するために、17章持ちました。

その代わりクリシュナはまるで問題があるかのように話しました。

そしてまた、彼はそれを「まるで」解決したのです。

このように、話す事が出来ない事が話されているので、話す事自体がアーシュチャルヤです。

言葉で述べられない事が述べられています。

言葉で捉えられない事が言葉で紹介されています。

これはまさに不思議です。

次回も引き続き29番目の詩と30番目の詩を見ていきます。

次回の勉強会は9月29日(土)11:20~12:50です。

最後までありがとうございました。

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