2019-03-02

2019/3/2ギーター第2章勉強会㉞

ナマステー。

千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰ヤムナーです^^

3/2の勉強会では第2章41番目の詩を読み進めていきました。

व्यवसायात्मिका 1/1 बुद्धिः 1/1 एका 1/1 इह 0 कुरुनन्दन 8/1 ।

बहुशाखाः 1/3 हि 0 अनन्ताः 1/3 च 0 बुद्धयः 1/3 अव्यवसायिनाम् 6/3 ॥२.४१॥

クル一族の子孫よ!これ(モークシャ)に関し、1つのハッキリと確かめられた理解があります。

見極める努力が不足している者の観念は、多くに枝分かれし、全く数えきれません。[2-41]

誰も彼もが何らかのゴールを視野に入れてカルマを行い、ゴールも様々です。

手段とゴールの数に限りがありません。

ゴールが自分からはなれている時、何を追求しようとも追及に終わりはありません。

考えが明確でない時は、優先順位の混乱があり、何もかもが同じように大切に見えます。

一方、知られるべき事が明らかな人には、エーカーブッディ(1つの理解)があります。

カルマヨーガは永遠とそうでないものの識別(ニッテャ・アニッテャ・ヴァストゥ・ヴィヴェーカ)から生まれますから、ヨーガに関してもエーカーブッディです。

私達がするべき事はラーガ・ドヴェーシャ(好き嫌い)を処理し、これらを中和することです。

その為にカルマヨーガが必要です。

カルマヨーガなくサンニャーシーになったり、1人で知識を追求しているとしても、ラーガ・ドヴェーシャは処理されなければなりません。

知識を探求し、そしてラーガ・ドヴェーシャを取り扱うのです。

これがアルジュナのした事でした。

アルジュナは倫理的な人生、ダルマを生きながらシヴァ神からの祝福(武器)欲しさに彼を崇拝しました。

それは個人的な栄光の為でした。

個人的な栄光をダルマを生きながら追求しました。

単に道徳的な人生を生きる事がカルマヨーガではありません。

健全な職業の倫理や、個人の倫理に従う事は、その人の生き方が適切である事を意味します。

しかし、そのような人が必ずしもムムクシュ(ニッテャ・アニッテャ・ヴァストゥ・ヴィヴェーカを持つ人)だとは限りません。

ニッテャとは永遠で常にあるもの、アニッテャとは束の間の永遠でないものです。

体験はアニッテャで、あらゆるカルマの結果はいつもアニッテャです。

人生の経験、体験に対する冷静さを発見した人はムムクシュと呼ばれ、自由をもたらすのはニャーナである事を十分に知った上で、サンニャーサの人生、あるいはカルマヨーガの人生を始めます。

カルマヨーギーはゴールについての明晰さ、ニシュチャヤがあります。

アーサナや、プラーナヤーマ、他の様々な鍛錬、多くの儀式もまた為されるかもしれませんが、何がなされようともたった1つの目的の為だけです。

カルマ自体は知識をもたらさない事を理解した上で、様々な修業や鍛錬を行います。

次回の勉強会は3月16日(土)11:20~12:50です。

最後までありがとうございました。

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