千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第3章02番目の詩②

2020/11/23

व्यामिश्रेणेव वाक्येन बुद्धिं मोहयसीव मे ।

vyāmiśreṇeva vākyena buddhiṃ mohayasīva me |

तदेकं वद निश्चित्य येन श्रेयोऽहमाप्नुयाम् ॥३.२॥

tadekaṃ vada niścitya yena śreyo'hamāpnuyām ||3.2||

まるで矛盾している様に思える言葉で、あなたは私の考えを困惑させている様に思えます。

どちらが良いか決め、自由を得る為の1つを私に教えて下さい。[3-2]

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知識とは、行い[カルマ]の様に生み出されるものではなく、あるがままに、ものごとを知ることです。

純粋でないものを純粋でないものとして知り、純粋なものを純粋なものとして知ることは知識[ニャーナ]です。

真実でないものを偽りと知り、真実を真実として知ることもニャーナです。

真実[サッテャ]をサッテャとして知ることもニャーナで、頼ってあるもの[ミッテャー]をミッテャーとして知ることもニャーナなのです。

知識はまさに対象物そのものの真実で、意志に頼っていません。

知識はこうあるべきだと、 私が決めることもできません。

私は、ただあるがままに見ることだけができるのです。

どんな知識も 私の意志により、変更されたりし得ません。

意志は知識を追い求める様させることはできますが、意志は物を知覚することに干渉できません。

ですからニャーナとカルマは全く違うのです。

アルジュナには「知識が自由にしてくれます。

だから、カルマをしなさい!」とクリシュナが言っている様に思えました。

「知識は良い。カルマ・ヨーガも良い」と言われているように感じました。

それゆえ、アルジュナは一見矛盾しているクリシュナの言葉に混乱させられました。

これはラーマーヤーナの登場人物、プラハスタとラーヴァナの状況に似ています。

-

ラーヴァナはラーマの妻[シーター]を誘拐し、王であるラーマは、自らの手で相手に立ち向かいました。

シーターを返す様に交渉はうまくいかず、ラーマはラーヴァナに戦いを宣言します。

ラーヴァナには、大臣プラハスタがいました。

ラーヴァナは、プラハスタに尋ねます。

「プラハスタ、どう思う?シータ-をラーマのもとに返すべきか?このままだと大変なことになると思うのだが。」

これに対しプラハスタは「王様、 彼女を返すべきです。さもないと確実に危険です。私達はやられてしいます」と答えました。

これを聞きラーヴァナは怒ります。

「普通の人間であるラーマに私達がやられると言うのか!10の頭と、絶大な力の私、ラーヴァナに小さなラーマが、私を打ち負かすと言うのか?」

プラハスタは答えました。

「王様、決してそうではありません。ラーマは、2本の腕と2本の足を持つ取るに足らない人間です。弓と矢で、一体何ができるというでしょう。」

ラーヴァナは言いました。

「しかし、ラーマは普通の人間ではないと聞くが。」

プラハスタは即座に答えます。

「王よ。ラーマは、神の化身[アヴァターラ]と言われ、普通の人間ではない様です。」

怒りを膨らませラーヴァナは聞きます。

「お前は、ラーマと、ラクシュマナが、猿たちと一緒に私達を打ち負かすとでも思っているのか? 誰であろうと、3つの世界の王である私達は勝つ。この2人にやられることがあろうか。」

プラハスタは答えます。

「王よ、決してその様なことはありません。」

「あなたに、猿達と2人に何ができましょう。」

ラーヴァナが言います。

「しかし、この猿、ハヌマーンはとても手強いやつだと聞いたぞ!」

プラハスタは答えます。

「王よ、ハヌマーンだけではなく、何千もの猿がいますが、そのうちハヌマーンと同じくらい強い猿が何匹かいます。そんな強いやつらがここにやってきたならやられてしまいます。」

ラーヴァナは聞きます。

「お前は、猿を怖がっているのか。」

プラハスタは声を上げます。

「何と、王よ、猿なんて怖くありません。水の神[ヴァルナ]がこの庭に水を撒き、風の神[ヴァーユ]がここの床を掃いてくれるのですから、この猿たちがどうして怖いはずがありましょう?」

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プラハスタの様に振舞うなら、どんな内閣改造の時でも呼ばれることでしょう。

「YES」しか言わないのですから。

地位にしがみつこうと不安になっている人には、この様なはぐらかす言葉は好ましいかもしれませんが、先生と生徒の間では相応しくありません。

「私は、あなたの生徒です。」とアルジュナはクリシュナに言いました。

先生は、何が真実で、何が真実でないかを、生徒に言うのを恐れるべきではありません。

先生が真実を言わないならば他に誰が言ってくれるでしょうか?

アルジュナは、何が真実で、何が真実でないか、教えてくれる様クリシュナに求めました。

はぐらかす言葉を期待しているのではありません。

モークシャの唯一の方法を知りたかくて、曖昧な事を聞きたいとは考えてませんでした。

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あなたの言葉を聞き、知識が自由にしカルマが束縛すると、私は理解しました。

なのに何故あなたは、このカルマに私を縛りつけようとするのですか。

私が行うどのカルマも、結び目を更にややこしくするだけです。

このサムサーラの結び目を解く、制限された人生の問題を解決するなら、モークシャが欲しいし、必要で、私は知識を追求しなければなりません。

しかし、あなたは、行いをするように求めます。

きっと、あなたには、 お考えがあるに違いありません。

どうか、それを教えてください。

私にはわかりません。

-

クリシュナにこの様に言っているようでした。

アルジュナの質問は疑いでしたが、その背後にはこの様な考えがありました。

クリシュナは次の詩で答えます。