2021-01-16

【ギーター】第2章69番目の詩②

2021/01/16

या निशा सर्वभूतानां तस्यां जागर्ति संयमी ।

yā niśā sarvabhūtānāṃ tasyāṃ jāgarti saṃyamī |

यस्यां जाग्रति भूतानि सा निशा पश्यतो मुनेः ॥२.६९॥

yasyāṃ jāgrati bhūtāni sā niśā paśyato muneḥ ||2.69||

全ての生きものにとっての夜の中で

自分を熟知している賢者は目覚めています

生きものが目覚めているその中に

気づいている賢者にとっては夜です[2-69]

夢の世界では、全てが二元性[アッドヴァイタ]です。

知る人(主体の私)が、

知られるもの(対象物の犬)と区別されます。

そして、この知識(私の記憶)は

知る人(主体の私)から区別されます。

知る人、知られるもの、知識の3つは

全て別の物として区別されますが、夢から目覚めた時

知る人、知られるもの、知識の3つは

1つの同じもの(全て私の記憶)です。

夢の中で知られていたものは

知識から離れたものではなく

知識は、知る人から離れたものではありません。

そして知る人は、目覚めている人から離れたものではありません。

夢を見ているその人が目覚めた時

夢に属している3つの全てが

目覚めている人の中に溶け込み

「私は夢を見ていた」と人は言うのです。

「私は夢を見ていた。私は夢を見ていた人であった」

という体験を言い表していることで証明されます。

あなたは行いをする人[カルター]であると

ヴェーダすら二元性を認めています。

ヴェーダは、あなたにカルマを行う様に言い

それをする事で、何を得るのかも言います。

為されるべき様々な儀式が、ヴェーダの中で詳しく述べられ

これらのことは、全て二元性を意味します。

なぜなら行い手[カルター]は

その人がする行い[カルマ]から区別されるのですから。

「あなたは二元性のないブランマンです」

と言うヴェーダが、前半の部分では

「あなたは何か結果を望む人で、後程、結果を手に入れる人」

と言うのです。

ある種の規定された儀式をし、プンニャが生まれ

プンニャが、その人と結果を繋げます。

人々、儀式、その結果は全て異なるものですから

二元性をなしています。

知覚は異なる種類の知識を得て

それに基づき、全てがあなたから離れていると結論付けます。

あなたを”行いをする人”として述べ

全てがあなたから離れていることをシュルティーは明確にします。

”自分を行い手”と見ている人に

何が正しく、何が悪いか

何をすべきで、何をすべきでないかを

シュルティーが話しますから

二元性が、まるでリアリティである様に思われます。

目覚めている時、夢の中と同じ様に

私は、世界とは違った人であると考え

これが無知の眠りという意味です。

ここで眠りとは、夢を見ている人の事で

その人は完全に寝ていません。

肉体は、世界と出会う体験をする場所で

あなたは体験する人、

1匹の蚊も体験する者、

あなたは、1匹の蚊の体験の対象です。

この様に100通りの体験があり

異なる行い手がいて、様々な種類の行いがあります。

痛みと喜びがあり

私がちっぽけな人であることが確かです。

私が取るに足らない人である事を証明する為

もがいている事も確かです。

そして、そのもがきは、決して終わる事がないことも確かです。

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