千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第2章69番目の詩⑥

2021/03/06

या निशा सर्वभूतानां तस्यां जागर्ति संयमी ।

yā niśā sarvabhūtānāṃ tasyāṃ jāgarti saṃyamī |

यस्यां जाग्रति भूतानि सा निशा पश्यतो मुनेः ॥२.६९॥

yasyāṃ jāgrati bhūtāni sā niśā paśyato muneḥ ||2.69||

全ての生きものにとっての夜の中で

自分を熟知している賢者は目覚めています

生きものが目覚めているその中に

気づいている賢者にとっては夜です[2-69]

-


「あなたがブランマンである」

最初にヴェーダが言わない理由は


「あなたがブランマンである」という知識の

準備をしなければならないからです。

カルマを果たし、ヴェーダの最後の章に辿り着き理解出来ます。

カルマを果たさなければ、ニャーニーでも

イーシュワラに瞑想する人でもありません。

何も拠り所のない流木の様に

流され孤立してしまいます。

知識の準備が出来ていない人に、教えはありません。

(教えを乞うので、教えがはじまります)

その代わり、この知識の為の考えの準備として

カルマを果たすことが推奨されます。

イーシュワラ、モークシャに興味がなければ

カルマ・ヨーガも始まりませんから

はじめに天国[スヴァルガ]について話され

スヴァルガを得る為、人は申し付けられた儀式を行い

パーパを避けることができ、プンニャがもたらされます。

ダルマ・アダルマの価値を持ち

体以外に1つの自分自身[アートマー]があることを信じます。

この世にはたった1人の人しかいません、

それがイーシュワラです。

最初はそれで十分なのです。



ダルマ・アダルマを重んじるなら

リアルとリアルでないことの識別はさほど遠くなく

ラーガ・ドヴェーシャの重圧が少なくなります。

これをヴィヴェーカと言います。

何が何たるかを、問い始めるやいなや始まり

最初に、内側のゆとりがあり

自然にヴィヴェーカがやってきて

そして自然とヴェーダーンタに向かいます。

ですから自分自身の無知がある限り

人はカルマを果たすべきです。

知識があるなら、カルマの放棄

[サルヴァ・カルマ・サンニャーサ]があります。





では、なぜ人はカルマを果たすべきでなのか?

その答えは、考えをきれいにする

[チッタ・シュッディ]の為に、カルマを果たすのです。

リアリティは既に成し遂げられていて

リアリティとは創造されるものではなく

あるがままがリアリティです。

何万というカルマを行ってでさえ

存在するというリアリティを作り出したりできません。

シャンカラの時代には

モークシャは、知識だけは得られず

知識と行いの統合によって得られる

[ニャーナ・カルマ・サムッチャヤ・ヴァーダ]

という論争が広くなされていました。

シャンカラは、その考え方の間違いを

論破する必要に気づきました。

知識を持たない人にとって

ヴェーダによって申し付けられたカルマは

確かな根拠のあるプラマーナです。

ところがニャーナがあれば

サルヴァ・カルマ・サンニャーシーで

行い手ではありません。

「賢者はカルマをしないので、私もカルマをしない」

と、あなたは言うことは出来ず

あなたは、まだカルマを演じる必要があります。

しかし、賢者はカルマを演じる必要が無いのです。

そういう意味で、カルマをしない賢者を

あなたは見習うことは出来ません。

「賢者はどの様なカルマもしない人」と



クリシュナは言ってはいません。

この人には義務がない、と言うことは

カルマ・ヨーガの生活を送らず

代わりに怠惰な人になるに他ならないと

ムムクシュによって解釈される可能性があります。

カルマが申し付けられない、という意味で

「賢者にとっての夜が、全ての人にとっての昼である」

と、クリシュナが指摘したのです。

知識の道具[プラマーナ]は

賢者にとってプラマーナではありません。

賢者には、全くプラマーナがありません。

最後のプラマーナであるヴェーダーンタですら

役に立つことは終わっています。


「あなたがブランマン」これを知るまで

ヴェーダーンタはプラマーナで

その後、それもまたミッテャーです。

知識の道具、知られるもの、知る人

3つの違いがありません。

知識の道具[プラマーナ]は去りました。

知る人[プラマーター]

知られるもの[プラメーヤ]も同様に

それはブランマンです。

まさに知る人が「あなたは知る人ではない」

という知識によって取り消されます。