2021-07-17
英語では「theist神を信じる人」「eithist無神論者」と言いますが、ヴァイディカ・ダルマは単に神を信じるか、信じないかということでは無く、ヴェーダを信じる人も、特有の神を全く信じないかもしれません。
その様な人は創造主[イーシュワラ]を全く受け入れず、ヴェーダを解釈します。
ヴェーダをプラマーナとして受け入れ、信じる人[アースティカ]でも、神を1人の人であるとは信じていません。
アースティカは、ヴェーダをプラマーナとして信じる人、ナースティカはそうでない人です。
この定義で見るなら、宗教ではあるけれども、ヴェーダをプラマーナとして受け入れていない人[ナースティカ]は多くいます。
例えば、ブッダの従者達はナースティカですが、宗教的で無い、と見るわけにはいかず、独自の方法で宗教的な人々です。
同様にマハーヴィラの従者、ジャイナ教の人々もナースティカです。
ところが、サーンキャ哲学のカピラや、その従者はアースティカで、ヴァイディカで、イーシュワラを受け入れませんが、ヴェーダをプラマーナとして受け入れています。
イーシュワラを受け入れてなくても、ヴェーダの仕来りや儀式を受け入れるならアースティカです。
ブッディストやジャイナ教徒は、ナースティカではありますが、カルマを信じています。
死後の世界と生まれ変わりを信じているし、多くの生まれ変わりの後得られるニルヴァーナという自由、モークシャがあると信じています。
それが彼らの信念であり、それを支持する独自の道理があるのです。
モークシャがゴールとして見えたなら、プラヴルッティ・マールガとニヴルッティ・マールガという2つのコミットした生き方が正しく理解されなければなりません。
その2つは、ヴェーダやギーターの中で、ギーター幕開けのシャンカラの解説でもはっきりと述べられています。
目が見えるかを証明する為に、目を開けなければならなかった例え話の人の様に、ヴェーダーンタが「知識の道具」であるかの唯一の証明は、それが「知識の道具」として働くことを許すことです。
言葉が、私にその不思議な力を起こすことを許すことです。 言葉は、無知を取り除くので、知識を明かすことが出来ます。
間接的な知識を生み出すだけで無く、直接的な知識を与えることが出来るのです。
言葉が、私自身から離れたものを扱う時、その知識は間接で、身近な物を扱う時、知識は直接です。
ヴェーダが天国を話す時、それは明らかに間接の知識で、信じることに過ぎません。
どの言い伝えの中にも、それぞれ独自の天国の描写があり、私達はその描写から天国を理解します。
私が手にみかんを持っているとして、みかんが果物だということをあなたは知らないとします。
私は「これがみかんです」と言い、あなたは今、これがみかんだと知ります。
私はどんな味がするかを言いますが、それでは十分では無く、あなたは実際にそれを味わう必要があり、また他のみかんの味を知らなければなりません。
そうして初めて、みかんについて多少知ることになります。
みかんを知らないあなたが、みかんを嗅いで、皮を剥き、食べる。
そこで私が「これがみかんです」と言います。
この知識が「直接の知識」、「直の知識」です。
私は「あなたはいますか?いませんか?」と尋ね、あなたは「私はいます」と答えるでしょうから、「では、あなたは誰ですか?」と私は尋ねます。
この質問の多く答えは「私は安全ではない人」ですが、私は「あなたは安全です」と言います。
それだけでなく私はこれを教えるための方法論を知っています。
1つ1つのステップを論理的に踏み、「だからあなたは安全です」と言います。
その知識は「間接の知識」ではなく「直の知識」です。
ヴェーダーンタは、知識の道具[プラマーナ]ですから、知識の道具として、あなた自身をさらけ出すしか(使ってみるしか)方法はありません。
ヴェーダーンタが何を言っているか、正確に理解する必要があり、疑問があるなら、分かる為に努力をします。
ヴェーダーンタの言うことが理解出来ないなら、どう理解できないか見る必要があるし、理屈に合わない点を確かめるなら、おそらくそれは、私の理解では受け入れられず、ヴェーダーンタで言われていることが道理です。
そうであれば、私は自分の理解を再認識し、それを修正し続け、それによってヴェーダーンタが何を言わんとするのかを見ます。
五感
1. プラッティヤクシャ(五感)
2.サークシー・プラッティヤクシャ(空腹感etc)
推論(五感から得たデータが元)
1.アヌマーナ(推理)
2.アルターパッティ(推測)
3.ウパマーナ(例え話)
4.アヌパラブディ(無いことを知る)
言葉
1.パウルシェーヤ(人間の考え)
・五感Base「昨日〇〇に会いました」
・推論Base「顔色が悪かったら体調悪そう」
・アパウルシェーヤBase「バガヴァッド・ギーターなど(スムルティ)」
2.アパウルシェーヤ(人間の考えではない)
・ 独立したプラマーナ ヴェーダ(シュルティ)