千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第6章06番目の詩①

बन्धुरात्मात्मनस्तस्य येनात्मैवात्मना जितः ।

bandhurātmātmanastasya yenātmaivātmanā jitaḥ |

अनात्मनस्तु शत्रुत्वे वर्तेतात्मैव शत्रुवत् ॥६.६॥

anātmanastu śatrutve vartetātmaiva śatruvat ||6.6||

自分自身で自分を制御した人にとって、自分こそが友人です。

しかし、自分自身を上手く扱えない人にとっては

自分自身がまるで敵として、対立する状態であり続けるでしょう。

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自分自身を制服した時(シャマが出来ている時)、自分にとって自分は友達です。

征服し得る、客観的に扱えるものは、体・考え・感覚の複合体[カーリヤ・カラナ・サンガータ]です。

この複合体が、自分自身の探求、自分を自制すること、意志や努力によって扱われます。

この自分自身によって[アートマナー]もサット・チット・アーナンダ・アートマーではなくヴァシーです。

体・考え・感覚の複合体を統括した人がヴァシーで、自分自身の味方です。

考えたり、探求したり、理解したり、覚えたりする力[ニャーナ・シャクティ]

願う力、欲する力[イッチャ―・シャクティ]

行動したり、作ったり、何かをする力[クリヤ―・シャクティ]

これら3つの力は、ヴァシーの性質にあり、ヴァシーは、カーリヤ・カラナ・サンガータ全てを自分のものとして扱います。

混乱したサンカルパがある人は、これら3つの力に連れ去られます。

ヴァシーとして、体・考え・感覚の複合体を扱う時、シャクティーを持ち、カーリヤ・カラナ・サンガータが、望ましいものを得るために役に立つものになるのです。

ブランマ・ローカや、モークシャに運びます。

ブランマンが叶い得る最高のもので、わたしは既にブラフマンです。

私は、体・考え・感覚の複合体を統括する人としての力を授かっている、そのことを理解します。

ダルマに沿った生き方をすることにより、プンニャを得て、カーリヤ・カラナ・サンガータがバンドゥになります。

モークシャを得るためにも役立つものになります。

カーリヤ・カラナ・サンガータを手中に収めたならば、同じカーリヤ・カラナ・サンガータが、いつも私に恩恵を与えるものとなります。

しかし、逆に、うまく扱いきれないのであれば、それは自分を虜にしてしまうことになります。

バンドゥになることはできず、敵[リプ]になり、障害を生み出し、邪魔をするような存在になります。

この詩では、自分を手中に収めていない人をア・ナートマーと呼びます。

カーリヤ・カラナ・サンガータが敵の状態のままの人、つまり、自分自身が敵の役割を果たすような人
のことです。

クリシュナは、自分以外には、敵はいないと、はっきりと述べています。

一般的には、自分以外の人を指差して、敵だと言います。

身近にそういう人がいないなら、悪魔や他の惑星のせいにして、他の人や何かに、妨げられていると感じます。

いつも、自分で思い込んだ恐れを人に抱き、その恐れで、誰かを敵だと指差すようになります。

私自身が、自分を邪魔することを許さない限り、誰も邪魔したり出来ません。

にもかかわらず、人はこうした被害妄想をある程度持ち、それに苦しんでいます。

人をとがめるときに突きつける人差し指で敵を指差す時、残りの3本の指は、自分のほうに向いています。

この3本の指、肉体・考え・感覚[カーリヤ・カラナ・サンガータ]が、唯一の敵であると言われます。

自分の外側の敵が害を及ぼすように、自分自身が敵として害を及ぼすのです。

死や病気、コロナウイルスも敵の様に思うとしても、ある特定のウイルスが強くなり同居するのは、何か生態系のバランスが崩れていて、そのバランスを取り戻そうとするイーシュワラの姿かもしれません。