千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第6章06番目の詩


बन्धुरात्मात्मनस्तस्य येनात्मैवात्मना जितः ।
bandhurātmātmanastasya yenātmaivātmanā jitaḥ |

अनात्मनस्तु शत्रुत्वे वर्तेतात्मैव शत्रुवत् ॥६.६॥
anātmanastu śatrutve vartetātmaiva śatruvat ||6.6||

自分自身で、自分を制御した人にとって、自分こそが、友人となります。しかし、自分自 身をうまく扱いきれない人にとっては、自分こそが、まるで敵として、対立する状態であ り続けるのです。

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その人にとって[tasya]の友となれるのは、自分自身を制御した[jita]時です。

言い換えるなら、シャマができている時です。

ここで征服の対象となるのは、不変の自己[sat cit ānanda ātmā]ではなく、客観的に扱える、体・考え・感覚の複合体[kārya karaṇa saṅghāta]です。

人は、この「体・考え・感覚の複合体」に対して「これが私だ」という観念[ātmā buddhi]を持っています。

この複合体を自分自身のコントロール下に置くことこそが、ここでの「制御[jita]」を意味します。

この制御は、自分自身によって[ātmanā]なされます。

具体的には、自分自身の探求、自制、そして意志や努力を用いることによって、自らの手の中にこの複合体を収めるのです。

◎自由に使える三つの力

体・考え・感覚の複合体[kārya karaṇa saṅghāta]を統括した人[vaśī]があるとき、複合体は以下の3つの力[śakti]をもって、その人に仕える良き友[bandhu]となります。

・jñāna śakti:理解し、探求し、記憶する力

・icchā śakti:願い、欲する力

・kriyā śakti:行動し、創造する力

これら3つの力を正しく扱える人は、ダルマに沿った生き方を通じてプンニャを積み、ブランマ・ローカや、モークシャに運びます。

自分自身を統括することが、最高の結果、ブランマンの理解へとつながります。

私は既にブランマンです。

自己を統括できていない人にとって、複合体は自分を虜にする敵となります。

本来自分に仕えるべき道具に、逆に自分が仕えることになり、人生のあらゆる場面で障害を生み出す存在に変わってしまいます。

人はしばしば他人や環境、運命のせいにしますが、自分を邪魔することを許さない限り、他人が真の敵になることはありません。

他人を指差すとき、残りの指が自分を指しているように、唯一の真の敵は、自分自身の制御できていない肉体・考え・感覚の複合体なのです。

◎あなたがどこへ行こうと、考えもついて行く

人は世界を「ひどいもの」と評価し、そこから逃れて「良い」と想像する世界へ行こうとします。

しかし、どこへ移動しても結局は同じような不満に直面します。

これは、世界を悪く解釈する自分自身の考えを、どこへでも連れて行ってしまうからです。

たとえ天国のような場所へ行ったとしても、不満を抱えたままの考え(解釈の癖)を持っていれば、そこでも必ず不満の種を見つけ出します。

死や病気、ウイルスも敵の様に思うとしても、ある特定のウイルスが強くなり同居するのは、何か生態系のバランスが崩れていて、そのバランスを取り戻そうとするイーシュワラの姿かもしれません。

状況が問題なのではなく、状況をそのように解釈する「自分の考え」こそが、自分の足を引っ張る敵[ripu]なのです。

自分の観念に囚われ、歪んだ解釈をしている状態では、偉大な助け手であるグルでさえ力を貸すことができません。

「グルは自分を軽んじている」と思い込むような考え自体が、救済の妨げになります。

他者や環境が私を救うのではなく、最終的には自分自身の考えを整えます。

結局、自分自身こそが唯一の友[bandhu]なのです。