2017-09-09

【ギーター】第2章1~4番目の詩

2017/09/09

सञ्जय उवाच

sañjaya uvāca

तं तथा कृपयाविष्टमश्रुपूर्णाकुलेक्षणम् ।

taṃ tathā kṛpayā aviṣṭam aśrupūrṇākulekṣaṇam |

विषीदन्तमिदं वाक्यमुवाच मधुसूदनः ॥२.१॥

viṣīdantam idaṃ vākyam uvāca madhusūdanaḥ ||2.1||

サンジャヤ言う

同情に圧倒され、

苦痛で涙いっぱいの目で悲しむアルジュナに

クリシュナは語りました[2-1]

マドゥスーダナという名前

マドゥという言葉はエゴを表します。

誰もが、エゴ[アハンカーラ]を

大きく膨らませたいし

手放したくありません。

アハンカーラを破壊する者を知ることで

アハンカーラが破壊されます。

その人がマドゥスーダナと呼ばれます。

アルジュナは、哀れみ、同情、愛情に

圧倒されている様に描写されていますが

ここには哀れみ以上のものがあります。

義務感からの混乱がありました。

先生や親戚を殺すことに混乱していました。

श्रीभगवान् उवाच ।

śrībhagavān uvāca |

कुतस्त्वा कश्मलमिदं विषमे समुपस्थितम् ।

kutas tvā kaśmalam idaṃ viṣame samupasthitam |

अनार्यजुष्टमस्वर्ग्यमकीर्तिकरमर्जुन ॥२.२॥

anāryajuṣṭam asvargyam akīrtikaram arjuna ||2.2||

シュリーバガヴァーン語る

この重大事に、どこからその絶望感が起こるのか?

正義の人のすることではないし

輝かしい名声を上げるものでもない

そして、天国へ導く行いでもない[2-2]

アルジュナは、戦略を練るべきでした。

勇敢に振る舞うべきで

嘆いている場合ではありません。

クリシュナは、何故そんな考えになるのか尋ね

・すべき事をする人[アーリヤ]に相応しくない[アナーリヤジュシュタ]

・天国に続く道ではない[アスヴァルギャ]

・信用、名声を失う[アキールティカラ]

と、アルジュナの失望を表す

3つの言葉を述べました。

क्लैब्यं मा स्म गमः पार्थ नैतत्त्वय्युपपद्यते ।

klaibyaṃ mā sma gamaḥ pārtha na etat tvayi upapadyate |

क्षुद्रं हृदयदौर्बल्यं त्यक्त्वोत्तिष्ठ परन्तप ॥२.३॥

kṣudraṃ hṛdayadaurbalyaṃ tyaktvā uttiṣṭha parantapa ||2.3||

パールタよ 女々しくするな

あなたには不似合いだ パランタパよ

卑小な心を捨て立ち上がれ![2-3]

クリシュナはアルジュナを

子供じみている場合ではないという意味を込め

プルターの息子[パールタ]と呼び

又、女々しさ[クライッヴャ]をやめなさい

「逃げ出すな!立ち上がれ!」

敵を倒す人[パランタパ]と言いました。

すべき事をすること

心構えを変えることは

ヨーガであり得ます。

अर्जुन उवाच ।

arjuna uvāca |

कथं भीष्ममहं सङ्ख्ये द्रोणं च मधुसूदन ।

kathaṃ bhīṣmam ahaṃ saṅkhye droṇaṃ ca madhusūdana |

इषुभिः प्रतियोत्स्यामि पूजार्हावरिसूदन ॥२.४॥

iṣubhiḥ pratiyotsyāmi pūjārhau arisūdana ||2.4||


アルジュナ言う

マドゥスーダナ(クリシュナ)よ

礼拝に値するビーシュマやドローナ先生に

どうして私が弓を向けられましょうか

アリスーダナ(クリシュナ)よ[2-4]

悪者を滅ぼす者[マドゥスーダナ]

敵を滅ぼす者[アリスーダナ]

アルジュナはクリシュナをそう呼びました。

あなたが倒したのは、敵や悪者ですが

プージャーに値するビーシュマ、ドローナ先生に

私は、弓など向けられません。

成熟した人は同情的になり得ます。

アルジュナの混乱は、成熟した人の混乱でした。

問題をもっと根本的に解決する

ヴェーダーンタを学ぶべき人でした。

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