千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第2章5~8番目の詩

गुरूनहत्वा हि महानुभावान् श्रेयो भोक्तुं भैक्ष्यमपीह लोके।

gurūn ahatvā hi mahānubhāvān śreyo bhoktuṃ bhaikṣyam api iha loke |

हत्वार्थकामांस्तु गुरूनिहैव भुञ्जीय भोगान् रुधिरप्रदिग्धान् ॥२.५॥

hatvā artha kāmān tu gurūn iha eva bhuñjīya bhogān rudhirapradigdhān ||2.5||

偉大な師を殺すくらいなら この世界で物乞いになった方がよい

もし彼らを殺すなら この世界で体験する安全や喜びは 血で染まったものとなりましょう[2-5]

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バイクシャは、他者から食べ物を集めることです。

アルジュナは、戦争で戦うより 施しを集めて生きる ライフスタイルに向かっていました。

学生[ブランマチャーリー]と 放棄した人[サンニャーシー]が 、ビクシャー[施し物]をもらう事が出来ます。

サードゥ[sādhu]スワーミ[svāmi] も隠退した人です。

「カルマ・ヨーガとサンニャーサの生き方、どちらが良いですか?」

アルジュナがギーターの中で 何度も尋ねた唯一の質問です。

18章でも、言い方を替え 「テャーガとサンニャーサの違いは何か?」 と尋ねます。

アルジュナは、サンニャーシーに 心惹かれていることを打ち明けました。

 न चैतद्विद्मः कतरन्नो गरीयो यद्वा जयेम यदि वा नो जयेयुः ।

na ca etat vigmaḥ katarat naḥ garīyaḥ yad vā jayema yadi vā naḥ jayeyuḥ |

यानेव हत्वा न जिजीविषामस्तेऽवस्थिताः प्रमुखे धार्तराष्ट्राः ॥२.६॥

yān eva hatvā na jijīviṣāmas te avasthitāḥ pramukhe dhārtarāṣṭrāḥ ||2.6||

敵を滅ぼすか、滅ぼされるか どちらが良いのか分かりません

目の前のドゥルタラーシュトラの息子達を滅ぼし 生きていたくないです[2-6]

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アルジュナは親類縁者を滅ぼしてまで 生きたくないと言い この戦いを「勝利がない」状況と呼び 興味を示しませんでした。

しかしクリシュナは、間違っていると言います。

 कार्पण्यदोषोपहतस्वभावः पृच्छामि त्वां धर्मसम्मूढचेताः ।

kārpaṇyadoṣopahatasvabhāvaḥ pṛcchāmi tvāṃ dharmasammūḍhacetāḥ |

यच्छ्रेयः स्यान्निश्चितं ब्रूहि तन्मे शिष्यस्तेऽहं शाधि मां त्वां प्रपन्नम् ॥२.७॥

yat śreyaḥ syāt niścitaṃ brūhi tat me śiṣyas te ahaṃ śādhi māṃ tvāṃ prapannam ||2.7||

自分の義務に迷い 心の弱さゆえに打ちのめされました どちらが確かに良いことか

あなたを拠り所とする私に教えを下さい 私はあなたの生徒です[2-7]

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アルジュナは、自分を 欲深さに滅ぼされている[カールパンニャ]と見ました。

ブルハダーランニャコーパニシャドでは ケチな人[クルパナ]は、わたしの知識を 知らずにこの世を去る人を ケチな人と描写します。

人間の宝物は、外的な財産以上のものです。

何が真実で、何が真実でないか 何が正しくて、何が間違っているか これらを識別すること[ヴィヴェーカ]です。

しかし「何が正しくて、間違っているか」 その事自体が問題になった時、 その混乱している考えの人では 解決が出来ません。

アルジュナは、何が正しいか、間違っているか それを判断するために ダルマとアダルマ以上のことを 知らなければならないと悟ったのです。

「私はシッシャです」と言い 、全人類にとって良いこと[シュレーヤス]を求めるなら、 そのシュレーヤスの意味はたった1つ モークシャです。

アルジュナは、解決できない悲しみこそが 人間の問題に他ならないと思い 戦いを続けることが出来ませんでした。

この様な状況に至る時 考えは自分自身に戻ります。

この時「教え」が必要で、「教え」がなければ 人は浮浪者になってしまいます。

アルジュナは自らを委ねました。

favicon「生徒」を指す3つの言葉

・विद्यार्थि[ヴィッデャールティ]殆どクラスに参加しないタイプの生徒

・अन्तेवासी[アンテヴァーシー]先生と一緒に暮らすが、教えられていることが掴めないかもしれない生徒

・शिष्य[シッシャ]真に勉強する能力を持った人、教えを受けるにふさわしい生徒

न हि प्रपश्यामि ममापनुद्याद् यच्छोकमुच्छोषणमिन्द्रियाणाम् ।

na hi prapaśyāmi mama apanudyād yat śokam ucchoṣaṇam indriyāṇām |

अवाप्य भूमावसपत्नमृद्धं राज्यं सुराणामपि चाधिपत्यम् ॥२.८॥

avāpya bhūmau asapatnam ṛddhaṃ rājyaṃ surāṇām api ādhipatyam||2.8||

たとえ無敵の王国を持ち 天界の神々の統括者に君臨しても

感覚も枯れ朽ちる この悲しみを取り除くことはできない[2-8]

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寂しい人が寂しくなり 嫉妬の人が嫉妬し 悲しい人が悲しくなります。

これらの感情は、既に根底に 「問題がある」ことを示しています。

根底の悲しみは、時々現れます。

現われてない時は、いつも隠れたままあります。

悲しみの現れる合間に、喜びがあります。

悲しみとは、その人と同一のもののようです。

アルジュナは、無敵の王国を手に入れる事ですら この悲しみを和らげないと言いました。