2017-11-12

【ギーター】第2章11番目の詩

2017/11/11

श्रीभगवानुवाच

śrībhagavān uvāca

अशोच्यानन्वशोचस्त्वं प्रज्ञावादांश्च भाषसे ।

aśocyān anvaśocas tvaṃ prajñāvādān ca bhāṣase |

गतासूनगतासूंश्च नानुशोचन्ति पण्डिताः ॥२.११॥

gatāsūn agatāsūn ca na anuśocanti paṇḍitāḥ ||2.11||

バガヴァーン言う

あなたは博識なことを話しているが 

悲しむべきでないことを嘆いている

知識を得た者は、生きている者にも

息を引き取った人のためにも悲しまない

実用主義的な観点で

悲しみを分析するなら

どんな悲しみも無駄で、役に立たず

実りをもたらしません。

また、ヴェーダの教えに従う人[アースティカ]

の観点から悲しみを見るなら

肉体を手放しても

個人[ジーヴァ]は続くので

悲しみは問題ではありません。

ギーターの観点から見るなら

アルジュナは「悲しむな」と

忠告されたのではなく

悲しむ理由がない[アショーチャ]と言われました。

悲しみは何か?は追及され

理解されるべきものです。

理由がない悲しみを抱いている

と、ギーターが言うのは

アートマーもアナートマーも

悲しみの原因ではないということです。

満ちているという本質であるアートマーは

アートマー以外のものによって

影響され得ないという事を明かします。

ロープに上乗せされる想像上の蛇は

ロープに影響を及ぼしません。

同じようにアートマーは

その上に投影された

どんなものによっても影響されません。

悲しみとは、リアリティを認識できない為

アートマーの上に投影された何かです。

夢で野犬に追いかけられたとしても

目覚めて、その野犬に追いかけられることがない様に

同じリアリティに属しているもの

それだけが関係を持ちます。

本質[スヴァルーパ]である水は

波によって影響されません。

同様に、本質[スヴァルーパ]であるアートマーは

アナートマーに影響されません。

ギーターは、主題である識別[ヴィヴェーカ]と

結果であるモークシャを繋ぐもので

何がわたし[アートマー]かを明らかにします。

それにより人は、賢くなる事が出来ます。

悲しむ余地がないと

教えがはじまるのは

とても効力のあるはじまり方です。

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