千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

ヨガ 勉強会  個人レッスン・出張ヨガ 私について ブログ アクセス スケジュール・予約 お問い合わせ

【ギーター】第2章15番目の詩

यं हि न व्यथयन्त्येते पुरुषं पुरुषर्षभ ।
yaṃ hi na vyathayanti ete puruṣaṃ puruṣarṣabha |

समदुःखसुखं धीरं सोऽमृतत्वाय कल्पते ॥२.१५॥
samaduḥkhasukhaṃ dhīraṃ saḥ amṛtatvāya kalpate ||2.15||

人間の中で一際目立つ人よ 苦楽を同じに見て それに影響されず
見極める能力がある人は
自由を得るに値します[2-15]

-

この詩で、クリシュナがアルジュナを「puruṣa-rṣabha」と呼んだのは、彼が「人々の中の雄牛」、すなわち「最も優れた人」「最高の男」であることを意味しています。

雄牛が群れの中で際立つように、アルジュナはその輝き[tejas]と偉大な業績によって、人間の中で最も高貴で目立つ存在でした。

「何が何たるかを見極めた人」は、心地よい状況であろうと不快な状況であろうと、対極的なものに影響されません。

そのような人は、すべての状況が「来ては去る」、つまり絶えず変化するものであると理解しています。

シャンカラの解説によれば、これは単なる実用主義ではなく、賢者は自分自身が、どのような状況にも影響されないātmāであると知っています。

このような、見極めている人[dhīra]は、永遠の自分自身[nitya-ātmā]の知識を持っています。

前の詩で使われた賢者[paṇḍita]という言葉が、ここでは「dhīra」に置き換えられています。

dhīraは対極的なものに影響されず、自由[mokṣa]またはamṛtatvaを得る人とされます。

ここでいうamṛtatvaとは、死(移り変わり)から自由であることを意味します。

ātmāを永遠なるものとして知ることで、賢者はmokṣaを得るのです。