2018-09-30

2018/09/29ギーター第2章勉強会㉕

ナマステー。
千葉市中央区のヨガ教室 ギーターヨーガ主宰やのちさとです^^

9/29の勉強会では、第2章29、30番目の詩を読み進めていきました。

आश्चर्यवत् 0 पश्यति III/1 कश्चित् 0 एनम् 2/1 आश्चर्यवत् 0 वदति III/1 तथा 0 एव 0 च 0अन्यः 1/1 ।

आश्चर्यवत् 0 च 0 एनम् 2/1 अन्यः 1/1 शृणोति III/1 श्रुत्वा 0 अपि 0 एनम् 2/1 वेद III/1न 0 च 0 एव 0 कश्चित् 0 ॥२.२९॥


ある人は自分自身を驚きと見ます。同様にある人は、それを驚きとして話します。

ある人は驚きとして聞きます。更にある人は、この自分自身について聞いた後でさえ、それを全く理解しません。[29]


~以下、プージャースワミジ解説のまとめ~

人間誰しもが幸せを求めて生きています。

その幸せへの道は「自分の勘違いを取り除く事」

しかし「自分自身とは何か」の探求が大切だと考える人は少数派で、多くの人はそれを「時間の無駄だ」と考えます。

なので、この「アーシュチャルヤ・驚き」については、色んな意味で見る事が出来ます。

アートマーを見る事が出来る人は驚きです。

多くの人々の中で、アートマーを見る人は、驚きを持って見ていると言う事も出来ます。

そして、教えを聞いた後でさえ、理解しない人々がいることは、少しも驚きではありません。

—-

देही 1/1 नित्यम् 0 अवध्यः 1/1 अयम् 1/1 देहे 7/1 सर्वस्य 6/1 भारत 8/1 ।

तस्मात् 5/1 सर्वाणि 2/3 भूतानि 2/3 न 0 त्वम् 1/1 शोचितुम् 0 अर्हसि II/1 ॥२.३०॥

全ての生き物達の体に宿っている、このアートマーは永久に破壊出来ません。
バーラタの子孫よ!ですからあなたは、これらの者の為に悲しむべきではありません。[30]

クリシュナは、11節における、悲しみの理由はないという彼の元々の発言をこの詩で要約しました。

アートマーは誕生、死、変化などの対象ではなく、サト(存在)ですから、ニッテャ(永遠)です。

デーハ(体)の中に、デーハに宿る人、デーヒー(देही)がいて、デーヒーは、破壊の対象ではなくアヴァッデャ(अवध्यः)です。

これはいつも破壊され得ません。肉体が滅ぼされる時でさえ、アートマーは滅ぼされません。

クリシュナは、全ての生き物(サルヴァーニ ブーターニ)に関して「あなたは悲しむに値しません(トヴァム ショーチトゥム アルハシ)」とアルジュナに言いました。

なぜなら悲しみを引き起こすどんな状況も、永久の状況ではないのですから。

スカ(心地いいこと)と同様に、ドゥッカ(辛いこと)もまた来ては去ります。

ドゥッカの中身などないので、ある特定のものや状況がそれを引き起こすと言う事すら出来ません。

それはドゥッカを引き起こす、ある特定のものや状況に関する人の考えなのです。

次回も30番目の詩の続き、そして31番目の詩に進んでいきます。
10月13日(土)11:20~12:50です。

最後までありがとうございました。

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