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ギーターヨーガ

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【ギーター】第2章33番目の詩

अथ चेत्त्वमिमं धर्म्यं सङ्‍ग्रामं न करिष्यसि ।

atha cettvamimaṃ dharmyaṃ saṅgrāmaṃ na kariṣyasi |

ततः स्वधर्मं कीर्तिं च हित्वा पापमवाप्स्यसि ॥२.३३॥

tataḥ svadharmaṃ kīrtiṃ ca hitvā pāpamavāpsyasi ||2.33||

けれども、もしあなたがダルマに沿うこの戦争に従事する事を拒むのなら

あなた自身の義務や名誉を失いパーパを負うでしょう

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ダルマと調和するこの戦いを避けるなら、アルジュナ自身のダルマを滅ぼすとクリシュナは言いました。

為されるべきことが滅ぼされるとは、それは単に、それをしないということです。

アルジュナが今まで得た名誉や名声をも失います。

以前アルジュナは、ハンターの姿で現れたシヴァ神と互角に戦い、シヴァ神は、アルジュナに武器を与えて祝福しました。

神であるシヴァと戦いを交え、アルジュナは大きな名声を得ました。

その名声の全てが失われ、アルジュナはパーパだけを負うのです。

戦わないこと自体はパーパではありませんが、すべき義務から逃げ出すことは、パーパを招く行いです。

「アルジュナよ、あなたは罪を負うでしょう[pāpam avāpsyasi]、そしてあなたは名声も失うでしょう[kīrtiṃ ca hitvā]」とクリシュナは言いました。

◎行いをしないことは罪ではない

何もしないことで、パーパが与えられることはないと思う人がいるかもしれません。

直接的な結果は作り出さないにしても、他のことをしますから、結果はあるのです。

実際、行いをしない事も、目に見える結果[ドリシュタ・パラ]は作り出します。

例えば、部屋の掃除をしなければ、エントロピーの法則に従い、乱雑になります。

これは目に見える結果[ドリシュタ・パラ]です。

しかし、目に見えない結果[アドリシュタ・パラ]は、行いをしたときだけに生まれます。

「行いをしなければパーパを負う」という言葉だけでは不明瞭です。

要点は、成されるべき事をしない時、その代りに、他の行いをするので、その行いが、アドリシュタパラを呼び込むということです。

戦場から逃げ出すことは行いです。

アルジュナの立場における、この”撤退”という行為は、義務を放棄し、別の何かをしますから、明らかにアドリシュタパラを引き起こします。

パーパを避けられないということが、クリシュナに言われたダルマに基づくもうひとつの議論でした。

「アルジュナは、哀れみ深い人だから森に行ったのでしょう」なんて、誰も言いません。

それどころか、名誉や名声を失うとクリシュナいました。