2019-11-17

【ギーター】第2章48番目の詩⑤

2019/11/16

योगस्थः कुरु कर्माणि सङ्गं त्यक्त्वा धनञ्जय ।

yogasthaḥ kuru karmāṇi saṅgaṃ tyaktvā dhanañjaya |

सिद्ध्यसिद्ध्योः समो भूत्वा समत्वं योग उच्यते ॥२.४८॥

siddhyasiddhyoḥ samo bhūtvā samatvaṃ yoga ucyate ||2.48||

ダナンジャヤよ。執着を手放し

成功にも失敗にも同じに留まり

ヨーガに留まり行いをしなさい

考えに偏見のない事からの平静な生き方が

ヨーガと呼ばれます[2-48]

神の創造物[イーシュワラ・スルシュティ]のみがあります。

イーシュワラ・スルシュティは、ダルマの法則も含みます。

この知識、ダルマの法則は、一般的に「良心、善悪の観念」と呼ばれますが、それはダルマとアダルマの常識的な知識、

宇宙創造の中に既にある事実として、誰もが持っている基本的な知識です。

重力の法則をはじめとする、他の法則が宇宙創造の一部として存在する様に、ダルマの法則も宇宙創造の一部として存在します。

イーシュワラが創造主であり、創造宇宙が創造主から離れていないなら、宇宙創造の一部であるダルマの法則もイーシュワラから離れてはいません。

ですからダルマはイーシュワラです。

同じ様に、カルマの法則もまたイーシュワラです。

これが、イーシュワラをダルマに見立てて祈る事が出来る理由です。

「ラーマは、アヴァターラである」と言う時、私達はどんな歴史も必要としません。

ラーマが存在していたかどうかは関係ないのです。

彼はただイーシュワラとして見なされて、尊敬されるのですから。

ラーマは人格化されたダルマなのです。

名前と形と言うのは、祈りと瞑想の為だけに与えられています。

それがラーマやクリシュナなどとして表現されています。

私達は宇宙創造の様々な要素からイーシュワラを見て、それらの要素の数々をデーヴァターと呼ばれる様々な異なる神々として表現します。

単にダルマと調和するだけなら道徳的な人ですが、もしダルマをイーシュワラとして見るなら、与えられた時と場所で、行うべき事を行う事で、それは祈りとなります。

ダルマは既に完成されてあるものであり、私達はそれを感じ取る様になります。

ですから、成すべきカルマを行う事で、私達はイーシュワラに祈っているのです。

世界はイーシュワラから現れ、イーシュワラによって支えられています。

「彼が世界を創造して、彼は眠りについた」というものではなく、宇宙創造は今進行中です。

創造[スルシュティ]、維持または存在[スティティ]、そして崩壊[サムハーラ]。

絶え間ない宇宙創造の過程が進行中です。

動物界、植物界のメンバー達はプログラムで、すべきことを振る舞い、宇宙創造に対して貢献します。

唯一人間だけがプログラムではないので、自分自身でそうする事を決めない限り、すべき事をしません。

都合が良い事を求め、楽しい事を求めます。

容易い満足感は、人間だけが求めます。

ですから人間は、自身で沢山のラーガ・ドヴェーシャを作り上げ、そのラーガ・ドヴェーシャが、様々な行いをする様、人を駆り立てます。

ダルマ(=イーシュワラ)に反する事は、イーシュワラである秩序に反して進む事であり、それはア・ダルマなのです。

バガヴァーンは言います。

イーシュワラに捧げるものは、いつも花である必要はありません。

あなたによって成されねばならない事をする事で、あなたはイーシュワラを祈っています。

私達1人1人が、それぞれ成すべき仕事を持ち、それを行った時イーシュワラと調和しています。

為すべき事をした時、満足があります。

例えそれが私の望まない何かでも、それをするなら偉大さを感じます。

何故ならイーシュワラとハーモニーの中にいるからです。

これを理解し、ヨーギーとなります。

ダルマの法則に従い、成さねばならない事をし、世界とハーモニーである事がカルマヨーガです。(=ヨーガハ カルマス カウシャラム)

ですから、私達はダルマとしてのイーシュワラを理解し行いを選択します。

そうする事で、行いはイーシュワラへのアルチャナ(貢献)の形になります。

この様な考え方が、きれいな考え、考えの聡明さ、つまりアンタッカラナ・シュッディと言う結果を実らせ

そして、自分とは何かの知識(ニャーナ)という全てのステップが完成されます。

これらのステップが、ギーターを通して述べられ、シャンカラもまたバーシャの中で繰り返し述べています。

カルマ・ヨーガを通して、考えはきれいになり

考えがきれいであれば、知識は起こり、モークシャが得られます。

ですからカルマ・ヨーガは、モークシャの為にだけにあります。

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