2020-01-09

【ギーター】第2章50番目の詩②

2020/01/04

बुद्धियुक्तो जहातीह उभे सुकृतदुष्कृते ।

buddhiyukto jahātīha ubhe sukṛtaduṣkṛte |

तस्माद्योगाय युज्यस्व योगः कर्मसु कौशलम् ॥२.५०॥

tasmādyogāya yujyasva yogaḥ karmasu kauśalam ||2.50||

偏見の無い考え[サマットヴァ・ブッディ]を授かった人は

この世界でのプンニャ・パーパも手放します

ですから、あなた自身をカルマヨーガに没頭させなさい

カルマ・ヨーガは行いに思慮分別がある事です。[2-50]

「カルマ・ヨーギーか、サンニャーシー、どちらになるべきですか?」

と尋ねる事は

「大学に行くべきか?博士号をとるべきか?」

と尋ねている様なものです。

カルマ・ヨーガは知識を得る為のステップです。

「ヨーガに専念しなさい[ヨーガーヤ ユッジャスヴァ]」

とクリシュナは言います。

私達がするどの様な行いも、イーシュワラに捧げると言う考え方[イーシュワラ・アルパナ・ブッディー]

で為される、これがヨーガです。

思慮分別は、行いに伴う選択に関してで

同時にイーシュワラの理解と感謝を意味します。

全ての行いを手放すとは『知識』を意味します。

「自分自身はどんな行いもしている人ではない」と知る事で

全ての行いを手放した人が、ニャーニーと言われ

このアートマーの知識を得た人は、サルヴァ・カルマ・サンニャーシーと呼ばれます。

クリシュナは「サルヴァ・カルマ・サンニャーサは、行いが無いことではない」と

アルジュナに言いましたが、これは理解で

この知識は、考えが聡明[シュッダ]である人にだけ起こり得ます。

その人はカルマ・ヨーギーか、引退の人生[サンニャーシー]どちらかを選びます。

知識は、サンニャーシー、カルマ・ヨーガどちらにも可能です。

アルジュナはただ、カルマ・ヨーガにのみ準備が出来ていて

サンニャーサの準備が出来ていると、クリシュナは思わなかったので48番目の詩で言いました。

「アルジュナよ、ヨーガにしっかり留まって、執着を避けて行いをしなさい

[ヨーガ スタ クル カルマーニ サンガム テャクトヴァー ダナンジャヤ]」

自分の身内に感情的に巻き込まれているアルジュナに

熟考の生き方、サンニャーシーの人生を生きるは難しいでしょう。

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