2020-01-21

【ギーター】第2章51番目の詩

2020/01/18

कर्मजं बुद्धियुक्ता हि फलं त्यक्त्वा मनीषिणः ।

karmajaṃ buddhiyuktā hi phalaṃ tyaktvā manīṣiṇaḥ |

जन्मबन्धविनिर्मुक्ताः पदं गच्छन्त्यनामयम् ॥२.५१॥

janmabandhavinirmuktāḥ padaṃ gacchantyanāmayam ||2.51||

カルマ・ヨーガの態度を授かる賢者は、行いの結果を手放し

生まれる束縛からの自由、全ての苦悩からの自由

というゴールを成し遂げます[2-51]

この詩は、生きている間に、何を成し遂げられるかを述べています。

パダは「言葉」という意味ですが、ここでは「知識によって成し遂げられるもの」を意味します。

アナーマヤは、「全ての苦悩から自由であること」を意味し

パダはアナーマヤという言葉で限定されています。

私は、限り無いブランマンであることを知り、何にも悩まされはしません。

なぜなら、ブランマン以外の何も無いので、私を悩ませるものが何もありません。

そして、それは、この世界で生きている間に今得られます。

その様な人は、自分自身の知識を得てマニーシーと呼ばれます。

カルマ・ヨーギーが、最初にアンタッカラナ・シュッディを得て

この詩で述べられたように、プンニャやパーパを手放し

(कर्मजम् फलम् त्यक्त्वा = カルマから生まれる結果を手放して)

好ましい結果も、好ましくない結果も

偏見なく物事を見ることで、結果を手放し、知識でモークシャを得ます。

カルマ・ヨーギーも結果として、モークシャを得ると言います。

その人は、生まれる事の束縛から自由[ジャンマ・バンダ・ヴィニルムクタ]です。

「行い手である」という考えがない時、行いの結果もありません。

生まれる、という束縛から賢者は解き放たれます。

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