2020-03-29

2020/03/21【ギーター】第2章54番目の詩

अर्जुनः 1/1 उवाच III/1 ।

स्थितप्रज्ञस्य 6/1 का 1/1 भाषा 1/1 समाधिस्थस्य 6/1 केशव 8/1 ।

स्थितधीः 1/1 किम् 0 प्रभाषेत III/1 किम् 0 आसीत III/1 व्रजेत III/1 किम् 0 ॥२.५४॥

アルジュナ言う

ケーシャヴァ(クリシュナ神)よ。アートマーの中に考えが定着している人、整った知性の人はどの様な人ですか?

あらゆる事に揺れず、その知性に留まる人は、どの様に話し、座り、また歩くのですか?[54]

アルジュナの質問1行目は

知識を得た人(スティタップラッジニャ)の描写を

尋ねる質問でした。

2行目の質問は

詩の言葉通りに捉えるのではなく

「アルジュナは以下のように質問したかったはずです」

と、シャンカラ先生も言います。

「賢者は、どの様に世界と関わるのでしょう?」

「その人は世界の中で、どの様に話したり、仕事したりするのでしょうか?」

「その人が知識を持つ事で、何か具体的な現象があるのでしょうか?」

「その人が持つ知識を暴く、または明らかにするものはあるのでしょうか?」

「その人の世界への関わり方と、一般人の世界への関わり方には、何か違いがありますか?あるべきですよね?」

「その人の知識がもたらす特徴は何でしょうか?」

それについてバガヴァーンが答えます。

श्रीभगवान् 1/1 उवाच III/1 ।

प्रजहाति III/1 यदा 0 कामान् 2/3 सार्वान् 2/3 पार्थ 8/1 मनोगतान् 2/3 ।

आत्मनि 7/1 एव 0 आत्मना 3/1 तुष्टः 1/1 स्थितप्रज्ञः 1/1 तदा 0 उच्यते III/1 ॥२.५५॥

シュリーバガヴァーン言う

アルジュナよ。考えに表れた全ての欲望を手放し、

自分自身に幸せであり、自分自身といて幸せな人である時、その人は知識に根付いた人と言われます[55]

賢者の生活の中での振る舞い

他に対する態度や気質は

知識を探求する人々が、見習うべきものです。

探求者が賢者になる為の道具(サーダナ)ですから

土台として身に着けるべきです。

これらのサーダナなしに

人は思慮深くはなれません。

はじめにサーダナがあり

その後、サーダナが自然な振る舞いとなります。

同情深くなろうとか、愛そうとか、与えようと

賢者は試みるわけではなく

その人はごく自然に同情深く、愛し、与えます。

しかし、それがまだ自然な振る舞いにならない人にとっては

与える事は試みとなり、これが必要です。

「与える」という考えと同時に

「与えられない」という考えもあるのですから。

「何故与えなければならないの?」という疑問があります。

もし、与えない様、私に囁くエゴがあるなら

私は与える人ではないのです。

全ての賢者が自然と振る舞える

与える事、愛、同情、思いやりなどが

賢者になる事を望む人(ムムクシュ)にとってのサーダナとなります。

サーダナは、努力(ヤットナ)があって実ります。

努力が実を結び、自然と振る舞えるようになれば

しっかり知識が根付くのです。

バガヴァーンクリシュナは

「知識を得た人(スティタップラッジニャ)の描写をして欲しい」

というアルジュナに答え

賢い人の描写と、賢くなる為のサーダナの両方を含め教えました。

それらは1つであり、同じ事ですから。

更に、全ての欲望(サルバーンカーマーン)を手放すことは

賢者は願望を持たないという事ではなく

願望があっても、その願望に縛られたりしないということが

手放すこと(プラジャハーティ)と言い示しました。

次回の勉強会は4月4日(土)11:20~12:50です。

引き続き第55番目の詩を読み進めます。

最後までありがとうございました。

千葉市中央区ヨガ教室「ギーターヨーガ」ヤムナー

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