2020-04-19

2020/04/18ギーター勉強会(60)

श्रीभगवान् 1/1 उवाच III/1 ।

प्रजहाति III/1 यदा 0 कामान् 2/3 सार्वान् 2/3 पार्थ 8/1 मनोगतान् 2/3 ।

आत्मनि 7/1 एव 0 आत्मना 3/1 तुष्टः 1/1 स्थितप्रज्ञः 1/1 तदा 0 उच्यते III/1 ॥२.५५॥

シュリーバガヴァーン言う

アルジュナよ。考えに表れた全ての欲望を手放し、

自分自身に幸せであり、自分自身といて幸せな人である時、その人は知識に根付いた人と言われます。[54]

自分自身を行い手(カルター)と見るなら

欲求は、束縛あるものとなります。

ところが、もし自分自身を行い手として見ず

自身の知識に目覚めているなら

行い手はなく、なさねばならない事もありません。

クリシュナは全体、全てが彼自身

なし遂げねばならない事などありませんでした。

それでもクリシュナは、いつも活動的でした。

つまり彼の活動に、束縛はありませんでした。

行いが、束縛のないものであれば

行いを駆り立てている要因、カーマ(願望)にも

束縛はありません。

ギーターでは、束縛のあるカーマだけが議論されます。

湧き上がる全ての欲求を手放し、自分自身でいて幸せ。

その時にだけその人は、スティタプラッニャ(賢者)と呼ばれます。

自分自身でいて幸せな人とは

自分自身を完全に受け入れる事が出来る賢者なのです。

自分自身とは完全です。

完全とは、不完全という感覚がないことを意味します。

「自分自身は不完全」という感覚から自由で

全宇宙は、自分自身と別々のものではありません。

自分自身は完全(プールナ)ですから

改善することなどありません。

甘い砂糖そのものに、甘さ改善の余地がないように

わたし(アートマー)が満ちている事について

それ以上、改善の余地がありません。

その事実に目覚めていて、その人は幸せです。

賢者とは、ゆっくり話す人、静かに歩く人etc…

そのような振る舞いのことを

ここで言っているのではありません。

友情が、友達になる唯一の方法であるように

知識だけが人を賢くし、他の方法はありません。

同様に「どうしたら愛を育てる事が出来ますか?」

と尋ねる人がいます。

すべきことは、ただ愛する事です。

愛そのものの他に、愛を発見する事は出来ません。

愛を手に入れたいならば愛する事です。

愛を発見しやすい状況

愛を発見するに反しない状況を作り出すのです。

人は故意に、あるいは気づかずに

愛を発見する事に不利な状況を自分自身で作ります。

そのような状況を避けるなら

人は、人が愛している事を知ります。

愛はアーナンダ、満ち足りていること。

それが表現されたものに他なりません。

小麦粉がブレッド、ロール、マフィンなどの名前があるように

愛も様々な形になり得ます。

小麦に与えられた様々な名前は、小麦の変化を表しています。

同様に愛は、アーナンダの変化、

アーナンダの現われであるシンプルな感情です。

愛を分析するなら

それは、アーナンダである事が分かります。

アーナンダの現れた形が愛であり、

愛そのものが、状況により妨げられると

貪欲、怒り、失望などの

否定的な感情を導くカーマ(願望)となります。

アーナンダの表現された形は、バガヴァーン(神)で

愛とはバガヴァーン(神)です。

バガヴァーンの本質は、サト・チト・アーナンダです。

そしてアーナンダの現れた形

イーシュワラ、つまり神は愛なのです。

次回の勉強会は5月2日(土)11:20~12:50です。

第56番目の詩を読み進めます。

最後までありがとうございました。

千葉市中央区ヨガ教室「ギーターヨーガ」ヤムナー

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