2020-05-07

2020/05/02ギーター勉強会(61)

श्रीभगवान् 1/1 उवाच III/1 ।

प्रजहाति III/1 यदा 0 कामान् 2/3 सार्वान् 2/3 पार्थ 8/1 मनोगतान् 2/3 ।

आत्मनि 7/1 एव 0 आत्मना 3/1 तुष्टः 1/1 स्थितप्रज्ञः 1/1 तदा 0 उच्यते III/1 ॥२.५५॥

シュリーバガヴァーン言う

アルジュナよ。考えに表れた全ての欲望を手放し、

自分自身に幸せであり、自分自身といて幸せな人である時、その人は知識に根付いた人と言われます。[55]

バガヴァーンとは何でしょう?

バガヴァーンの本質は、サト・チト・アーナンダ。

アーナンダが現れた形、イーシュワラ

神は愛です。

この愛の変容には、ポジティヴとネガティヴがあります。

哀れみ、思いやりは、ポジティヴな愛の変容

怒り、貪欲、嫉妬は、ネガティヴな愛の変容

表現された形、表現されていない形も1つのアーナンダです。

表現されていないものが、満足の本質そのもの。

これがアーナンダの定義。

表現されたものが愛となります。

スティタプラッニャとは、アーナンダをその人自身の中に発見した人、

自分自身の他に何もない事を知った人です。

「私は全体である」と人が言う時

全ての欲求を満たしているものが自分自身です。

自分自身の発見と、全ての欲求を満たすこと

この2つは、別々のことではなく同じ事です。

दुःखेषु 7/3 अनुद्विग्नमनाः 1/1 सुखेषु 7/3 विगतस्पृहः 1/1 ।

वीतरागभयक्रोधः 1/1 स्थितधीः 1/1 मुनिः 1/1 उच्यते III/1 ॥२.५६॥

不幸で苦しい出来事に影響されず、物質的、精神的な快楽を求めず、

渇望、恐れ、怒りから自由である賢者が、知識に根付く人と言われます[56]

多くの人は、欲求が満たされた時に幸せです。

しかしここでは、何か欲求が満たされることがなくても

わたしが、わたし自身であって幸せなのです。

アートマーの本質は「限りがある」という感覚からの自由

この特別な事実に気づいている人は、不幸せから自由です。

この様な賢者は、どんな風に世界に反応するのか?

クリシュナは、知識を得た人の特徴を述べました。

賢者の考えにも欲求は起こりますが

その人は、自分自身といて自分自身に幸せである為

欲求に影響されません。

世界に対する人のリアクションで

どれ位知識があるかを、秤れるとは限りません。

しかし、世界と関わりながら

ナチュラルに表現される賢者の態度は

探求者にとって、努力し開拓する為の価値を示す

その様にアルジュナは考えました。

賢者が、この世界に自身をどう表現するのか?

それを知る事が、賢者か否かを判断する為のものではありません。

「これぞ賢者の振る舞い方」という基準はありません。

賢くある為に、私がすべき事を知る為だけのものです。

賢者が賢くなる前に追及し

今も、自然と表現される態度

これが、アルジュナが知りたかったことでした。

なぜならスティタプラッニャの特徴は

ムムクシュによって追求される手段(サーダナ)そのものになるからです。

クリシュナは、質問の真意を理解し、それに応じて答えました。

この詩のドゥッケーシュという言葉は、複数形です。

この詩の解説の中で、シャンカラ先生が説明された様に

痛み、悲しみ(ドゥッカ)の原因には、3つの側面があります。

1.自身の体、考え、感覚器官(आध्यात्मिक)

2.私をイラつかせる虫や人、置かれている状況(आधिभौतिक)

3.自然災害など(आधिदैविक)

これが3つの側面です。

ドゥッカの違うタイプがあるのではなく

ドゥッカは、100通りあっても

ドゥッカ自身は1つで同じもの。

人は痛みや悲しみによって

揺さぶられ、動揺するものです(उद्विग्न-मनाः)。

認識すると、全て悪くなるとまで心配します。

周りにいる人々の苦痛にさえなります。

これらの悲しみ、辛さは賢者にもありますが

このドゥッカに巻き込まれない人

それが賢者だと言われました。

様々な状況に対する賢者の反応が、この先も解説されます。


次回の勉強会は5月16日(土)11:20~12:50です。

第56番目の詩を引き続き読み進めます。

最後までありがとうございました。

千葉市中央区ヨガ教室「ギーターヨーガ」ヤムナー

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