2020-07-21

2020/07/18【ギーター】第2章59番目の詩

विषयाः 1/3 विनिवर्तन्ते III/3 निराहारस्य 6/1 देहिनः 6/1 ।

रसवर्जम् 0 रसः 1/1 अपि 0 अस्य 6/1 परम् 2/1 दृष्ट्वा 0 निवर्तते III/1 ॥२.५९॥

肉体を装い、五感を養わない人にとっては、五感は欲望を残し自分自身に戻ります

ブランマンを知るならば、その欲求さえ消えてしまいます[2-59]

好みの空想に進まなくても、

好みの感覚[ラサ]はそこに残ります。

意志の力で、無理やり

感覚器官を対象物から引き下げるなら

それは引き下げるではなく、押さえつける練習です。

全てのものが内側に抑え込まれるので

遅かれ早かれ爆発し

再び感覚器官に乗っ取られます。

瞑想に価値を見出している人

内面を満たすべく、感覚器官を引き下げる練習をする人も

感覚的な喜びの価値を持ち続けます。

では、この好みの感覚[ラサ]に対する

主観的価値は、消え去りますか?

「消え去りません」

主観的価値は、感情的な価値です。

感情は人生の一部。

それは、無視できませんし

無視する必要もありません。

感情は、尊重される必要があり

完全に感情に圧倒され得るので

それにどう取り組むかを知るべきです。

主観的価値である感情的な価値は

客観的価値である知的な価値とは違います。

お金が私を安全にしないと分かっていたとしても

お金に対する感情的な価値は消えません。

もし、お金に感情的な価値がないにしても

生きる為にお金は必要という、知的な価値があります。

お金に価値がない、というのは正しくありません。

感情的な価値で言うなら

昔から、お金で成功を計る風習が

その人の中にあるのであれば

その人は、それを成し得ていない

という感覚が残ります。

無視する事の出来ない

主観的で、感情的な価値なのです。

その価値を抑え、蓋をしてしまうのは違います。

感覚器官を引き下げる修練に専念する人は

何がゴールを識別した人[ヴィヴェーキー]でも

未だ混乱する人[ムールカ アピ]でもあり得ます。

感覚の対象物から引き下げられた感覚器官は

自分自身に戻ってきますが

その対象物の体験が残ります。

[ラサ・ヴァルジャム ヴィニヴァルタンテー]

主観的で、感情的な価値は、未だそこにあるのです。

勘違いで、単に修行[タパス]をする

人を駆り立てる知的価値もまたそこにあります。

未だ混乱する人[ムールカ アピ]は

主観的価値と知的価値の両方を持ち得ます。

何がゴールを識別した人[ヴィヴェーキー]は

知的価値ではなく、ただ主観的価値を持ちます。

クリシュナはアルジュナに

どの様に主観的価値を扱うかを述べます。

次回の勉強会でそれを見ていきましょう。

次回の勉強会は8月1日(土)11:20~12:50

引き続き第59番目の詩を読み進めます。

ありがとうございました。

千葉市中央区ヨガ教室「ギーターヨーガ」ヤムナー

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