2021-05-22

バガヴァッド・ギーター第1章②

2021-05-22

अनन्तविजयं राजा कुन्तीपुत्रो युधिष्ठिरः ।

नकुलः सहदेवश्च सुघोषमणिपुष्पकौ ॥१-१६॥

クンティの息子、王のユディシュティラは、アナンタヴィジャヤという名のほら貝

ナクラはスゴーシャ、サハデーヴァはマニプシュパカとよぶほら貝を吹き鳴らしました。(16)

काश्यश्च परमेष्वासः शिखण्डी च महारथः ।

धृष्टद्युम्नो विराटश्च सात्यकिश्चापराजितः ॥१-१७॥

द्रुपदो द्रौपदेयाश्च सर्वशः पृथिवीपते ।

सौभद्रश्च महाबाहुः शङ्‍खान् दध्मुः पृथक् पृथक् ॥१-१८॥

王様!弓の名人カーシー王、偉大な武勇のシカンディー

ドゥリシュタドゥムナ、ヴィラータ、負け知らずのサーテャキ

ドゥルパダ、ドラウパディの息子達

更にスヴァッドラーの腕自慢の息子(アビマンニュ)がそれぞれに法螺貝を吹き鳴らしています。(17)(18)

パーンダヴァ達の堂々とした時の音は、敵側にパニックを作り出し、大気全体に広がります。

स घोषो धार्तरष्ट्राणां हृदयानि व्यदारयत् ।

नभश्च पृथिवीं चैव तुमुलो व्यनुनादयन् ॥१-१९॥

そのすさまじい轟きは、天と地に響き渡り

ドゥルタラーシュタラのご子息たちの心臓を貫きました(19)

अथ व्यवस्थितान्दृष्ट्वा धार्तराष्ट्रान् कपिध्वजः ।

प्रिवृत्ते शस्त्रसम्पाते धनुरुद्यम्य पाण्डवः ॥१-२०॥

王よ、戦いが始まるその時、ハヌマーンが座る旗を持つ人(アルジュナ)は

弓をつがえ、ドゥルタラーシュタラのご子息たちを見渡します(20)

हृषीकेशं तदा वाक्यमिदमाह महीपते ।

अर्जुन उवाच ।

सेनयोरुभयोर्मध्ये रथं स्थापय मेऽच्युत ॥२१॥

クリシュナに向かってこれらの言葉を話しました。

アルジュナが言いました。

クリシュナ、私の馬車を両軍の間に停めて下さい(21)

馬車のイメージ

आत्मानम् रथिनं विद्धि शरीरम् रथमेव तु ।

बुद्धिं तु सारथिं विद्धि मनः प्रग्रहमेव च ॥३॥

私は馬車の主人であり、そして体はただ馬車だと知りなさい。

しかし、知性は御者であり、そしてマインドはまさに手綱です。

इन्द्रियाणि हयानाहुर्विषयान् स्तेषु गोचरान् ।

आत्मेइन्द्रियमनोयुक्तं भोक्तेत्याहुर्मनीषिणः॥४॥

それぞれの感覚器官は馬たちであると言います。

馬たちにとって道は感覚器官の接する物の数々です。

体、感覚器官、考えに密接に結びついている時

見分ける力を持った人々は世界を体験する人であると言います。

यावदेतान्निरीक्षेऽहं योद्धुकामानवस्थितान् ।

कैर्मया सह योद्धव्यमस्मिन् रणसमुद्यमे  ॥२२॥

戦いがはじまる時に誰と戦うか

私と戦おうとして、ここに来ている人々を吟味します。(22)

योत्स्यमानानवेक्षेऽहं य एतेऽत्र समागताः ।

धार्तराष्ट्रस्य दुर्बुद्धेर्युद्धे प्रियचिकीर्षवः ॥२३॥

歪んだ考えを持つドゥルタラーシュタラの息子の味方になり

ここに集まった者たちを私はよく見たいのです。(23)

歪んだ考えを持つ人に対し、整った考えを持つ人、成熟した人はバクタです。

バクタは、見える手の後ろには、見えない手があり、それが見える手を形作ることを知っています。

その手は偶然の手ではなく、法則という手です。

手というのは、法則でイーシュヴァラだとみなされます。

法則はイーシュヴァラと離れていませんし、法則を使っているのもイーシュヴァラです。

法則という見えない要因、神聖な要因をダイヴァと言います。

ダイヴァは、私達が全くコントロールできない要因で、成功と失敗の違い、勝利と敗北の違いを作る要因です。

そして、これは秩序を象徴し、カルマの法則、または、ダルマの法則と呼ばれます。

この未知の要因のことを、私達はよく「運」と呼びます。

要因は目には見えませんが、受け取る結果ははっきりと見えます。

結果は、見えるもの[ドリシタ]ですが、原因は目には見えないもの[ア・ドリシタ]です。

ア・ドリシタを中和する為に、祈る人がバクタと言われます。

バクタは、宗教的な人と言われたりしますが、バクタとは成熟した人なのです。

सञ्जय उवाच ।

एवमुक्तो हृषीकेशो गुडाकेशेन भारत ।

सेनयोरुभयोर्मध्ये स्थापयित्वा रथोत्तमम् ॥२४॥

サンジャヤは言いました。

バーラタの子孫の王(ドゥルタラーシュタラ)よ、この様にアルジュナに言われたクリシュナは

見事な馬車を両軍の中央に停め(24)

भीष्मद्रोणप्रमुखतः सर्वेषां च महीक्षिताम् ।

उवाच पार्थ पश्यैतान् समवेतान् कुरूनिति ॥२५॥

ビーシュマ、ドローナ、他の全ての統治者達の立ち並ぶ前で

「アルジュナよ、ここに集まった者カウラヴァ達を見よ」と言いました。(25)

तत्रापश्यत् स्थितान् पार्थः पितॄन् अथ पितामहान् ।

आचार्यान् मातुरान् भ्रातॄन् पुत्रान् पौत्रान् सखींस्तथा ॥२६॥

2つの軍隊の間に立ち、父方の年配者、祖父、

師匠、叔父、兄弟、息子、孫、同僚をアルジュナは見ました。(26)

श्वश्रान् सुहृदश्चैव सेनयोरुभयोरपि ।

तान् समीक्ष्य स कौन्तेयः सर्वान् बन्धून् अवस्थितान् ॥२७॥

そしてまた、義理の父、友達をもそこに見ました。(27)

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