千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第6章05番目の詩①

2021-07-22

उद्धरेदात्मनात्मानं नात्मानमवसादयेत् ।

uddharedātmanātmānaṃ nātmānamavasādayet |

आत्मैव ह्यात्मनो बन्धुरात्मैव रिपुरात्मनः ॥६.५॥

ātmaiva hyātmano bandhurātmaiva ripurātmanaḥ ||6.5||

自分自身で、自分を台無しにしませんように。自分自身で自分を救いますように。

自分自身のみが自分自身の恩人で、自分自身のみが自分自身の敵なのです。[5]

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この詩は、あなたが自分自身を救わなければならないこと、あなたが自分自身を破壊してはならないこと、あなた自身が破壊されることを許してはならないことを明確に述べています。

ヨーガ・アールーダ、つまりサルヴァ・サンカルパ・サンニャーシーは、サムサーラの人生から自分自身を完全に救い出します。

海で溺れている自分を引っ張り上げ、自らを救い出す様なものです。

私達は、安全で無いことから自分自身を救い出したい、と思っていて、誰もが自分の安全の為に忙しく働いています。

その追求は「自己中心的」で、自分自身の為だけであることに疑問の余地はありません。

新しいライフスタイルを求めることではなく、人はとても根本的な問題に対する答えを求めています。

ある種の疑問がその人に起こり、それが漠然としていても、その疑問自体が、その人の人生に特定の方向性を与えラーガ・ドヴェーシャの魔力に自分が影響を受けていることを理解するに至ります。

誰もがする自然な追求[スヴァーバーヴィカ・プラヴルッティ]は、これらの好き嫌いから来ていることを理解し始めます。

「私はそれが好きで、それが欲しい。だから私はそれをする。」

全ての反応が、これらのラーガ・ドヴェーシャからのみ起こるのです。

そして、この特殊のリアリティの枠の中で、全てが正当化され、 怒り、悲しみ、痛みが当然のものとなり、私達は混乱し、問題にぶつかります!

正当な理由があると認めるなら、自然な行い[スヴァーバーヴィカ・プラヴルッティ]を疑うことなく前に進むことが出来てしまいますが、行いそのものに疑問を持ち始めた時、今の人生そのものに疑問を投げかけます。

あなたが真剣に疑問を持つ時、探究の情熱が適切なら、根本的な問題を理解出来ます。

この問題に対し、成熟した対処法と、未熟な対処法があり、盲目的な祈りではなく、私達が見出した知恵の中に、祈りに満ちた生活、理解のある賢明な祈りの生活と呼ばれるものがあります。

それが祈り深い態度であり、カルマ・ヨーガです。

カルマ・ヨーガは、神[イーシュワラ]を理解し、受け入れた、祈りに満ちた生活を意味します。

これが、熟考する能力、瞑想する力をもたらすのです。

その様な生活が自分自身[アートマー]の知識を持って、自分自身を扱うという態度を自然に作り出すのです。

この様にカルマ・ヨーガによって知識[ニャーナ]を得られることは実に明らかです。