2017-12-20

【ギーター】第2章14~15番目の詩

2017/12/16

मात्रास्पर्शास्तु कौन्तेय शीतोष्णसुखदुःखदाः ।

mātrāsparśās tu kaunteya śīta-uṣṇa-sukha-duḥkhadāḥ |

आगमापायिनोऽनित्यास्तांस्तितिक्षस्व भारत ॥२.१४॥

āgamāpāyino anityās tān titikṣasva bhārata ||2.14||

クンティの息子よ 感覚と世界の接触は 

寒暑、苦楽を引き起こし

来ては去る性質で不変ではない 

それらを理解して受け入れよ バラタの子孫よ[2-14]

クリシュナは、感覚器官が捉える

世界について話しました。

感覚器官[マートラー]は

世界と接触を持ちます。

これらの接触[スパルシャー]は

寒暑、苦楽などの経験を与えます。

私が、心地良い晴れの日を望むとしても

同時に雨を求め祈る人々がいます。

苦楽を起こすのは、反応であり

全ては感覚器官と世界の接触です。

肉体は物理的な世界に属し

世界は、何かの肉体的な痛みを引き起こします。

物理的な痛みは

受け入れられ、癒されるべきものですが

悲しみは、自分で作り上げているものです。

クリシュナは、世界との接触を避けなさいと言わず

受け入れ、理解しなさい

[ティティクシャッスヴァ]と言いました。

全ての状況を起こるままに

ユーモアのセンスで難なく切り抜けなさいと。

リアリティの種類の混乱から起こる

ある種の「かたまり」があります。

考え、感覚器官、肉体は、類するリアリティ

アートマーは、別のリアリティの種類です。

悲しいという時、アートマーが

まるで考えと同じリアリティの秩序に

属しているかの様に

悲しみの中にアートマーを巻き込みます。

アートマーは、アナートマーにされ

沢山の中の1つにされてしまいます。

アートマーは、それらどの様なものでもなく

悲しみは、アートマーがなくてはあり得ません。

悲しみがある時は、アートマーが何かしら

巻き込まれています。

無知がアートマーに悲しみを負わします。

世界とは何か、その状況とは何か

それを理解する、客観的な人に

悲しむ理由はありません[アショーチャ]。

行動を起こす状況がただあるだけです。

यं हि न व्यथयन्त्येते पुरुषं पुरुषर्षभ ।

yaṃ hi na vyathayanti ete puruṣaṃ puruṣarṣabha |

समदुःखसुखं धीरं सोऽमृतत्वाय कल्पते ॥२.१५॥

samaduḥkhasukhaṃ dhīraṃ saḥ amṛtatvāya kalpate ||2.15||

人間の中で一際目立つ人よ 苦楽を同じに見て

それに影響されず 見極める能力がある人は

自由を得るに値します[2-15]

アルジュナは、雄牛[ルシャバ]だと呼ばれました。

雄牛の背中のコブは、一際目立ちます。

アルジュナは人間[プルシャ]の中でも

高貴で、高く評価された人でした。

アートマーの知識を持つ人[ディーラ]は

対極のものに同じに留まります。

苦楽がその人に影響を及ぼしません。

死、すなわち移り変わること[アムルタットヴァ]

から自由です。

11番目の詩~15番目の詩で

知識を得るに相応しい人[アディカーリー]が

クリシュナによって語られました。

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