2020-09-05

2020/09/05【ギーター】第2章61番目の詩

तानि सर्वाणि संयम्य युक्त आसीत मत्परः ।

tāni sarvāṇi saṃyamya yukta āsīta matparaḥ |

वशे हि यस्येन्द्रियाणि तस्य प्रज्ञा प्रतिष्ठिता ॥२.६१॥

vaśe hi yasyendriyāṇi tasya prajñā pratiṣṭhitā ||2.61||

全ての感覚器官を自分の手の内に保ち

識別の能力を授る人が、わたしへの熟考にとどまりますように。

全ての感覚器官を制御する人にとって

その知識は十分に確立されています。[2-61]

この詩は、ヴァイラーギャを教えます。

マッパラハという複合語で

マット「私に」は「イーシュワラに」を意味し

パラという言葉は、コミットメントを意味します。

アーシータは「その人が座ります様に」です。

感覚器官を引き下げて[tāni sarvāṇi saṃyamya]

その人が、わたし、イーシュワラにコミットし留まります様に

と、クリシュナは言います。

感覚器官を自分自身に引き下げ

熟考[ニディッデャーサナ]の中で座る人が

識別した人[ヴィヴェーキー]です。

真実[サト]と、真実でないもの[アサト]を

見極める能力を既に授かっています。

探求[シュラヴァナ]し、理解を得て

その人は見極める能力を得ます。

継続した熟考によってのみ

好みの感覚[ラサ]は無くなります。

それは、ある程度時間も必要です。

まずはイーシュワラを思う瞑想[ウパーサナ]をし

伝統的な方法論で、わたし[アートマー]を理解します。

様々な方法論でアートマーに熟考し

ラサが無くなるのです。

次回の勉強会は、9月19日(土)11:20~12:50

第62番目の詩を読み進めていきます。

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