तानि सर्वाणि संयम्य युक्त आसीत मत्परः ।
tāni sarvāṇi saṃyamya yukta āsīta matparaḥ |
वशे हि यस्येन्द्रियाणि तस्य प्रज्ञा प्रतिष्ठिता ॥२.६१॥
vaśe hi yasyendriyāṇi tasya prajñā pratiṣṭhitā ||2.61||
全ての感覚器官を自分の手の内に保ち
識別の能力を授る人が、わたしへの熟考にとどまりますように。
全ての感覚器官を制御する人にとって
その知識は十分に確立されています。[2-61]
この詩は、ヴァイラーギャを教えます。
マッパラハという複合語で
マット「私に」は「イーシュワラに」を意味し
パラという言葉は、コミットメントを意味します。
アーシータは「その人が座ります様に」です。
感覚器官を引き下げて[tāni sarvāṇi saṃyamya]
その人が、わたし、イーシュワラにコミットし留まります様に
と、クリシュナは言います。
感覚器官を自分自身に引き下げ
熟考[ニディッデャーサナ]の中で座る人が
識別した人[ヴィヴェーキー]です。
真実[サト]と、真実でないもの[アサト]を
見極める能力を既に授かっています。
探求[シュラヴァナ]し、理解を得て
その人は見極める能力を得ます。
継続した熟考によってのみ
好みの感覚[ラサ]は無くなります。
それは、ある程度時間も必要です。
まずはイーシュワラを思う瞑想[ウパーサナ]をし
伝統的な方法論で、わたし[アートマー]を理解します。
様々な方法論でアートマーに熟考し
ラサが無くなるのです。
次回の勉強会は、9月19日(土)11:20~12:50
第62番目の詩を読み進めていきます。