2021-01-09

【ギーター】第3章4番目の詩②

2021/01/04

न कर्मणामनारम्भान्नैष्कर्म्यं पुरुषोऽश्नुते ।

na0 karmaṇām6/3 anārambhāt5/1 naiṣkarmyam2/1 puruṣaḥ 1/1aśnute III/1 |

न च सन्न्यसनादेव सिद्धिं समधिगच्छति ॥३.४॥

na0 ca0 sannyasanāt 5/1 eva 0 siddhiṃ2/1 samadhigacchati III/1 ||3.4||

行いをしないことで

行いのないこと[ナイシュカルミャ]を

得るのではありません。

単に、サンニャーサから成功(自由)を

達成するのでもありません[4]

カルマ・ヨーガは、全てのカルマを手放すことを可能にし

サルヴァ・カルマ・サンニャーサの道具となります。

ムムクシュは、モークシャにしか興味がなく

いつでもサンニャーサを取得できます。

サンニャーサになって、知識のみを追い求めないのは

ラーガ・ドヴェーシャを処理できていない為

知識だけを追求することが出来ないのです。

この知識の追求をすることに専念しようとしても

ラーガ・ドヴェーシャに基づいた他の関心事があり

生活の中で、知識の追求が優先されません。

他の興味が、未だ沢山あります。

その様な人はサンニャーシーではありません。

サンニャーサとは、カルマ・ヨーガでしか得られない

ある種の考えを示しています。

準備の整った考えがないなら、知識の追求は役に立たず

カルマを行うことが必要です。

カルマ・ヨーガがなくして

ラーガ・ドヴェーシャを中和する機会はありません。

そして、この中和がある程度なれば

全ての行いを手放し、知識を得るという機会に恵まれません。

ラーガ・ドヴェーシャを扱うことなしに

サンニャーサの生活をしても無駄に終わります。

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