2021-03-29

【ギーター】第3章08番目の詩②

2021/03/22

नियतं कुरु कर्म त्वं कर्म ज्यायो ह्यकर्मणः ।

शरीरयात्रापि च ते न प्रसिद्ध्येदकर्मणः ॥३.८॥

niyataṃ kuru karma tvaṃ karma jyāyaḥ hi akarmaṇaḥ |

śarīra-yātrā api ca te na prasiddhyet akarmaṇaḥ ||3.8||

なすべきことをしなさい。行いは何もしないより優れています。

何もしなければ、自分の体を維持することさえ、出来ないでしょう。[8]



全くカルマをしないなら

プンニャやパーパ、サムサーラの問題はない

この生死のサイクルは、自由[モークシャ]で終わり

何もせずとも、モークシャが達成できるのだから

勉強する必要など無いと言う人がいます。

シャンカラは、この人に対し

更に質問をし、形を変え答えています。

「サンチタ・カルマはどうなりますか?

この人生でカルマは何もしないとしても

誰があなたのサンチタカルマを満たすのでしょうか?

次に、これ以上カルマをしないと決めた時までにしてきた

未解消のカルマはどうしますか?

それも、満たされなければなりませんし

実際、一瞬でもカルマをせずにはいられません。

”私は行い手である”という観念があるなら

カルマをせざるを得ません。

そして、あなたが正しいカルマをに従わなければ

誤ったカルマをしてしまうのです。

カルマをしないことで、モークシャを得る

ということは、あり得ません。

カルマは、確かにジーヴァを束縛し

人を直接的に自由にするとは言われません。

「私は行い手である」という無知から

欲望[カーマ]を避けることは出来ず

ちっぽけで、限りがあり、いつかは死ぬ存在

と思っているのであれば

素晴らしくなりたい、満たされたい、死にたくない、と望むでしょう。

限りのある知識、無知から自由になりたい

と思うことは欲望です。

不幸や不十分さや不足から自由になり

幸せになりたいという欲望もあります。

既に満たされているということを知らないが故に

こうした欲望が沸いてきます。

無知がある時、欲望があり

それらの欲望を満たす為にカルマをし

プンニャとパーパを生み

新たな生をもたらします。

無知―欲望―行動のサイクルで

カルマに縛られたままになっているのです。

関連記事