千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第3章13番目の詩

यज्ञशिष्टाशिनः सन्तो मुच्यन्ते सर्वकिल्बिषैः ।

भुञ्जते ते त्वघं पापा ये पचन्त्यात्मकारणात् ॥३.१३॥

yajñaśiṣṭāśinaḥ santo mucyante sarvakilbiṣaiḥ |

bhuñjate te tvaghaṃ pāpā ye pacantyātmakāraṇāt ||3.13||

まず神に食事を捧げてから食べる人は、不純さから解放されます。一方、自分達のためだけに料理をする人々は罪深い人々で、パーパを食べます。

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太陽や水、風といった自然の力は、単なる無機質な物[jaḍa]ではなく、イーシュワラの側面[devatā]として認識されるべきものです。

夢の中には山(生きていない物)と人間(生きている物)が登場しますが、夢を見ている本人(作者)の視点に立てば、そのすべては、夢を見ている人の意識そのものです。

同様に、この宇宙にイーシュワラの外側にあるものは何一つなく、すべてはイーシュワラ、意識[cetana-vastu]の中に存在しています。

イーシュワラは宇宙の作者[nimitta-kāraṇa]であると同時に、宇宙を構成する材料[upādāna-kāraṇa]でもあります。

したがって、岩や水といった「物質」に見えるものも、本質的にはイーシュワラから離れてはいません。

この宇宙観に基づき、人は毎日の儀式[nitya-karma]や特別な儀式[naimittika-karma]を通じて、神聖な秩序への敬意を払い続けます。

これは、すべてを放棄し、知識の道に入るサンニャーサの段階に達するまで、欠かさずに行うべき義務です。

宇宙の力がデーヴァターであるという理解

 人間が生きるためには、植物や微生物、時には他の動物の命を糧にせざるを得ません。

歩く、掃除をする、料理をする...、といった日常の些細な行為でさえ、意図せずとも何らかの命を傷つけています。

これらの侵害は、パーパと呼ばれる不快な結果[duḥkha]を招き、日々蓄積されていきます。

自由意志を持つ人間には、これらの行為に対する責任が生じます。

蓄積されたパーパを中和するために、5つの対象(神々、先祖、他の生き物、リシと知識、ゲスト)に対するヤッニャ[pañcamahāyajña]を行います。

 自分だけのために料理し、食べる人は、罪そのものを食べているようなものです。

一方、最初にイーシュワラに捧げ、その残りもの[yajña-śiṣṭa]」すなわちプラサーダを頂くという姿勢[bhāvanā]であれば、日常の侵害から生じるすべての罪[sarva-kilbiṣa]から解放されます。

ブラフマールパナム…の様な祈りと共に、神に食事を捧げることで、食事そのものがプラサーダとなるのです。

行いの結果からの自由

ヤッニャは日常の汚れを中和しますが、さらに高い視点では「知識」こそが、プンニャ・パーパも含む、すべてのカルマの束縛から人を完全に自由にします。

祈り深い生活によって考えが整った人々は、賢者[sat-puruṣa]と呼ばれます。

彼らは、単に儀式を行う人ではなく、その生き方を通じて知識を得る準備ができている人々です。

自分の都合や感覚的な喜びだけに無頓着にふける人は、世界からの恩恵に感謝を捧げないため、食べる行為そのものが新たなパーパを積み上げることになります。

プンニャやパーパは、宗教的な道徳というよりも、交通違反の罰金のように「行った行為に対して、ふさわしい結果が正確に返ってくる」という宇宙の法則として理解されるべきです。

いつも行われた行為にふさわしい結果が返ってくる

カルマには、目に見える即時的な結果だけでなく、蓄積される、見えない結果があります。

自分だけのために享受する生き方はパーパを溜め込みますが、神に捧げる生き方はその負債を解消します。

この世界は、絶え間なく回り続ける壮大な車輪のようなものです。

万物はカルマによってこの車輪を回転させています。

人間もこの宇宙の車輪の一部(歯車)ですが、他の動植物と決定的に違う点があります。

動植物は自然の法則にプログラムされているので、自動的に動きますが、人間には自由意志が与えられています。

「するか、しないか、あるいは違う方法でするか」を選択できるからこそ、人間にはその行為の結果(パーパやプンニャ)に対する責任が生じます。

faviconजगत्-चक्र-प्रवृत्ति-हेतुः 1/1 हि 0 कर्म 1/1 

◎世界の運行を促進している原因は、まさに行いです。

動植物はプログラム通りに生きているだけで、宇宙の車輪を正しく回しています。

彼らにとっては生きること自体がヤッニャです。

しかし、人間は間違った選択[a-dharma]」ができるため、ヤッニャを選択しない限り、ダルマと不協和音を起こしてしまうのです。