
सदृशं चेष्टते स्वस्याः प्रकृतेर्ज्ञानवानपि ।
sadṛśaṃ ceṣṭate svasyāḥ prakṛterjñānavānapi |
प्रकृतिं यान्ति भूतानि निग्रहः किं करिष्यति ॥३.३३॥
prakṛtiṃ yānti bhūtāni nigrahaḥ kiṃ kariṣyati ||3.33||
賢者ですら、その生まれ持った性質と調和して行いをします。全ての物はそれぞれの生まれ持った性質に従いますから、制御することが何の役に立つでしょう?
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人の行動は、その人の性質[prakṛi]によって形作られます。
知識を得た賢者であっても、自らの性質[svabhāva]に従って行動します。
普通の人との違いは「性質の良し悪し」だけであり、行動そのものが性質に由来する点は同じです。
この法則は人間だけでなく、植物(例:白檀が香りを放つこと)や動物など、すべての生き物[bhūtāni]に当てはまります。
生き物が自らの性質[svabhāva]に従っている以上、それを無理にコントロールすることは困難です。
◎人の性質はコントロールできない
人の行動は、持って生まれた性質[svabhāva]に強く支配されており、それはクリシュナや知識、あるいはグルによる外部からのコントロールさえ受け付けないほど強力です。
無理に抑え込もうとしても、人は隠れてその行動を続けてしまうほど、本性に抗うことは困難です。
もし全ての行動が性質によって決定づけられている(自由意志がない)のであれば、ダルマ・アダルマが意味をなさなくなりますし、ヴェーダやグルの教え、さらにはモークシャへの努力も、無意味になってしまいます。
動物は、自由意志を持たず、完全に性質のままに生きるため、聖典や道徳を必要としませんが、人間は、自由意志を持つからこそ、サーマンニャダルマが与えられます。
しかし、クリシュナは「人は性質に従うもので、誰もそれを止められない」と断言します。
シャーストラの言葉は、気まぐれな指示ではなく、道理の通った方法で説明し、必要な理論的根拠も示されています。
そして、これらは自由意志を持つ人間だけに、話しかけています。
理解すべきことがありますから、クリシュナは次の詩で説明をはじめます。
