千葉県立 青葉の森公園近くの小さなヨガ教室

ギーターヨーガ

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【ギーター】第3章36番目の詩


अर्जुन उवाच ।

arjuna uvāca |

अथ केन प्रयुक्तोऽयं पापं चरति पूरुषः ।

atha kena prayukto'yaṃ pāpaṃ carati pūruṣaḥ |

अनिच्छन्नपि वार्ष्णेय बलादिव नियोजितः॥३.३६॥

anicchannapi vārṣṇeya balādiva niyojitaḥ||3.36||

アルジュナが言いました。ああ、ヴァールシネーヤ(クリシュナ)よ、たとえ望んでいなくても、まるで何かの力によって強いられるように、何に駆り立てられて人は罪を犯すのでしょう。

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これまでの教えで「感覚の好き嫌いに支配されないこと」「自分のスヴァダルマを全うすること」の重要性が説かれました。

しかしアルジュナは、「人はなぜ、それがアダルマだと分かっていながら、何かに強制されるかのように不適切な行いをしてしまうのか」

という、人間の根本的な弱さについて問いを投げかけます。

ここでの問題は、何が正しいかを知らないこと(無知)ではありません。

本人は「望んでいない[an-icchan]」、あるいは「価値がない」と知的には理解しているにもかかわらず、目に見えない強い力に駆り立てられてしまう[balāt iva niyojitaḥ]という、意志と行動のギャップが焦点となっています。

この葛藤の象徴として、ドゥルヨーダナの言葉が引用されています。

faviconजानामि धर्मं न च मे प्रवृत्तिः । जानाम्यधर्मं न च मे निवृत्तिः ॥

केनापि देवेन हृदि स्थितेन । यथा नियुक्तोऽस्मि तथा करोमि ॥

私はダルマを知っているが、それに従えない。私はアダルマを知っているが、それをやめることができない。私の心の中に座る、何らかの力によって、命じられたままに、私は行います。

ドゥルヨーダナは、それが何かを知りませんでしたし、アルジュナも、ドゥルヨーダナと同じ疑問がありました。

アルジュナは、ヴルシニたちの家に生まれた人[vārṣṇeya]とクリシュナを呼びました。

「人間の意志に反して、アダルマへと突き動かす正体は何なのか?」という、誰もが抱く普遍的な葛藤の原因を尋ねています。